写真と美術の対話-東京国立近代美術館フィルムセンター展示室

東京国立近代美術館フィルムセンター展示室
写真と美術の対話

タイトルからして、アートなお話なんです。
東京国立近代美術館自体、結構抽象性の高い展示物は多いのですが。

東京国立近代美術館とは

東京都千代田区北の丸公園にある美術館
独立行政法人国立美術館が運営。
2012年には大幅リニューアル。この年が開館60周年でした。
ちなみに今回のフィルムセンターは銀座のお隣り京橋にあります。
フィルムセンターでは、
企画上映や展覧会の開催がありつつ、映画文献専門の図書室としても有名。
略称はmomat
http://www.momat.go.jp/

写真と美術の対話とは

それまで絵画とは芸術の代名詞であり、歴史を表す重要な手がかりであった。しかし、写真の登場により“写真術の発明以来、絵画は事物を再現する役目を写真に奪われることによって抽象へと向かった”という俗説が示すように、圧倒的な写真の存在感はそれまでの絵画芸術の不動性を大きく揺さぶった。対極の存在。瞬間と永遠、記憶と現前など様々なものがある中で写真と美術という位置。この2つのものは分離したまったく別のものなのであろうか。

写真という客観化された視覚を探知針として、世界の新しい見方や考え方を外に向かって、あるいは内に向かって開こうとした作品。あえて両者の直接的な影響関係にこだわらずに、視覚の世紀を全面に出した作品。様々な視点から物事を判断する。芸術を考える場合において、ある決まった視点は必要とされない。考慮すべきは視点ではなく、その方向性であり、作者の意図の中に表現したいもの、伝えたいことがなければならない。

線によって対象を解体しながら再構成する。美術の基本デッサンにおいて、事物の形を捕らえることは重要である。写真の魅力の一つにこれがある。写真に写っている情景や瞬間が美しい場合もあるが絵画のフォルムと同じように一つの写真に表現された形。画面にある情景を考えるのではなく、写真を模様として捕らえる見方が必要とされる。写真が持つフォルム、絵画の持つ構図の強さ、このような2つの点は単なる芸術表現の違いであり、本質的には両者とも求めるものは変わっていない。それはピカソが求めたキュビズムを写真が実践したと言ってよい。

写真と美術。その攻撃的とも言える両者の衝突は激しさに比例し、様々な芸術のカテゴリーを生み、存在性を高め、互いが進展の要因となった。そこに対話という意が存在する。対話のなされない独立した芸術は真の意味での芸術を生むことはない。物と物。人と物。人と人。それぞれの間に対話は存在し、個々の意味を示すことは、他者の存在を認める行為でもあり、対極の存在にあるものほどその結びつきには大きな魅力と意義がある。その上で人と人の対話の中に意味が存在し、芸術を媒体とする方向性を持った真の芸術となる。人々が活動を続けていく中で、芸術に対して求められるものは対話であり、その延長上には自己を確立するための教育的な意義が存在するのではないか。

東京国立近代美術館フィルムセンター
住所:〒104-0031
東京都中央区京橋 3-7-6
東京メトロ銀座線京橋駅下車、出口1から昭和通り方向へ徒歩1分
電話:03-5777-8600

2000年8月22日