なぜ?と思うことの必要性

いつかの書きたかったこと

なぜ?と思うことの必要性

子供の頃、私はなぜ?という質問をすることが多かった。風は何で風という名前なの?、猫はなぜ髭があるの?、なぜ僕はパパとママの子供なの?。今考えてみると、私は聞いても仕方のないことや、解決することのないことばかりを尋ねていた。しかし、最近はなぜ?と思うことも無視してしまうことが多い。その事柄が実際にあるのだから仕方がないと思ったり、疑問に思わずに先に、先へと物事を進めることが多くなった。しかし、これは良いことだろうか?ひとつの諦めの観念でしかない。私は、そうはなりたくはない。いつも、なんで?とか、なぜなの?と、首を傾げるなぜなぜ坊やでいたい。なぜ?と思うことは、若さの根源であり、常に初心に返るという大切なことだからだ。なぜ?と思うことは、物事にだれてきたときに、そういう意味で大切なことだ。