オンライン青春小説「国道302号線を歩く」3

オンライン青春小説「国道302号線を歩く」3

 <イマドコニイル? ヒデ>

メールを打ってから、十五分が経った。しかし、何の返事もない。しかも、こっちはこっちで遅刻組が姿を現す気配さえない。みんな、陰りつつある太陽の中で待ちぼうけだ。斉藤さんは下を向いて、うんざりという様子。口を開くことさえない。対照的に黒木と後輩たちがはつらつとして、童話『アリとキリギリス』のアリのように休むことなく口を動かしている。僕は僕で、十五分の間、知佳からのメールが来ないことを気にしていた。暑さのせいで余計に苛つきもした。いっそ電話をかけてしまおうかとも思ったが、それでは”知佳依存症”にかかっている患者に成り下がるだけだ。今はとにかく大人しくしていよう。そう思い、黙って手帳の書いてある予定表に目を通していた。

さらに十分が経った。以前メールは来ない。しかし、こっちには動きがあった。ゼミ懇親会の場所へ移動するということになった。遅刻組はとりあえず置いていくという形になったのだ。これで多少暑さからは解放される。

先頭に立って歩くのは、やはり後輩たちだ。もっとも彼らが店を取ったのだから、当たり前のことかも知れない。さっきと変わらない軽快さで人の流れに乗り、靖国通りへと流れていく。後ろからそんな姿を見ながら、僕は額を手の甲で拭った。ハンカチを出すのも面倒だ。

いつの間にか、僕の隣には斉藤さんがいた。視線が合った瞬間から、斉藤さんは僕に日傘の重要性について滔々と語り始めた。太陽を指さしたり、地面を思い切り踏んだり。暑さによって高まった感情を叩きつけるように、身振り手振りを交えながら語り続けていた。黙っていることが怖かったのかも知れない。僕と二人で黙ったまま歩き続けるのが怖かったのかも知れない。しかし、僕は僕で上の空だった。右手でスボンの右ポケットにあるPHSを玩びながら、斉藤さんの話を聞き流していた。知佳からのメールが来ないことと、人にぶつからないようにと気を配ることで頭の中が一杯だったからだ。斉藤さんはそんな僕の様子に気づいていないのか、それとも聞いていなくても構わないと思っているのか。日傘と紫外線についての話をヒートアップさせていった。 震えないPHSを触りながら、僕は歩き続ける。

 

思えば、僕は後輩たちのようにできない。斉藤さんのようにもなれない。人波に乗りきれないでいる。新宿という泳ぎ慣れた海で、あらんことか浮いてしまっている。人の声や、通りに並ぶ店が放つ音楽。耳に飛び込んでは来るが、少しも消化されない。頭の中を素通りしていく。目に入るモノも同じで、ピンクのショート短パンを履いたセクシー娘がいても、柄の悪いアロハシャツのサングラス男が見えても。視界に入り、そのまま流れて行くだけだ。想いを抱くことも、印象に残ることもない。感情さえ湧かない。心ここにあらず。目につかない、耳につかない。このままでは酒を飲んでも、心ここにあらず。会話で楽しくなることも、ひとしきり騒ぐこともできない。味を感じたり、酔うことさえ危ういだろう。軽快な楽しいことを楽しいとも思えず、重厚な悲しいことだけをより悲しく捉える。そんな自分になっていることに気づいた。

ハンカチで汗を拭くことが面倒で、僕は再び手の甲で額の汗を拭う。

 

会場までのエレベーターは小さく、まるで箱だった。箱の中に詰められているような感じだった。箱に詰まって、十秒経つか経たないかのうちに、五階の木製の壁に囲まれた居酒屋に着いた。そこが今日の宴の場所らしい。クーラーがかかっている室内はさすがに快適で、思わずその空気に浸ろうとしてしまう。けれど、休む間もなく、僕らは個室に通された。こげ茶色のウォーキングシューズを脱ぎ、僕は個室に上がる。畳の敷かれた個室だった。しかし、畳の香などいっさいしない。むしろ、鼻につくような不快な臭いがたちこめていた。思わず僕は顔をしかめた。そして、入ることを躊躇してしまった。そんな僕を見て、後ろにいた斉藤さんが僕の顔をのぞき込んできた。僕は何でもないと手を振った。斉藤さんは首を傾げて、そのまま畳の部屋に入っていった。何の気後れすることなく。何の戸惑いも感じずに。

そして、それはみんな同じだった。僕以外の誰もがためらうことなく部屋に入っていく。みんなが鈍感なのか、それとも僕が無駄に過敏になのか。それはわからない。

だが、いつまでも止まっているわけにはいかないので、僕も部屋の中に踏み込んだ。やはり違和感がするし、肺が少しも落ち着かない。それでも、ここにいなければいけない。急に僕がいなくなれば、ここにいる他のゼミ員に迷惑をかける。店を予約した後輩たちのメンツもつぶしてしまうだろう。我慢して、ここにいるべきだ。