青春&友情小説「雨」1

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青春&友情小説「雨」

この小説は、青春もの、友情ものの小説です。男性同士の友情を記した作品で、青春を通して、こうやって友情が育まれる、人間、青年が成長していくという話です。

この小説を書いたきっかけは、人間関係で疲れたときに、人間関係から何を学んだ、何を感じたかと明確にしたかったという思いで、作成したものになります。

青春&友情小説「雨」1

”しとしと”。なんてイヤな言葉なんだろう。そんなイヤな言葉が似合うような雨の降り方だ。のんきで、止む素振り1つ見せない降り方。もったいぶられているようだ。それが今日の22時までの雨だった。
けれど、22時を過ぎた今になって、突然、カーネルサンダースの親指大の雨粒が降り出した。それも、体重12トンのゾウが流されるほどに激しく。
無駄に人の多い、土曜の午後の新宿。おかげで、この町にある傘の量も日頃よりも2300倍多いと思う。街灯の明かりが前を歩く水色の傘で反射して、この街の暗い雰囲気を壊しているような気がする。

昼間から友達と遊んでいて、いよいよ帰ろうとしたときの急な雨。締めがこの雨では、せっかく楽しかった日でさえ台無しに感じる。雨の激しさが雨のことしか考えさせなくなる。それまでの長い時間を忘れさせ、1つ、今だけに注意を向けさせる。
地下の薄汚い水道管に穴が開き、水が漏れたように、地面からも雨が吹き出している。これでは、まるで、公園の噴水の中に入っているようだ。上からも、そして下からも。水。水。水。黒い革靴の中も水でいっぱいだ。革はしなってしまうし、靴下はグジュグジュ。歩くたびに、僕は雨に対して、やり場のない憎悪を感じる。
それ以上に、この人の多さにはムッとする。誰かの濡れた傘が耳に当たる。冷え始めた足をチョモランマ並にかかとの高いサンダルで踏まれる。もし、僕が単純な人間で、さらに人を消す超能力を持っていれば、近くにいる人間の70パーセントを、今この瞬間に消すだろう。まだ雨だけならば我慢もできる。しかし、これは何だ。
後ろを歩く友達は2人の世界に入っていた。2人並んで歩き、大きな笑い声をあげたり、驚きの声を上げたりしている。僕が話しかけても、まるで相手にしてくれそうもない。そもそも、僕が友達と並んで歩き始めたら、僕らの後ろを歩く人に迷惑だし、それ以上に僕自身も人に囲まれていて身動きの取り様がなかった。なんで、こんな日に出かけたんだ。僕は僕自身に嫌気がさしていた。その嫌気は鋭く、おそらくはダイヤモンドも軽く突き通す。これまでに感じたことがないほどの鋭い嫌気。人の背中につられながらただ無気力に歩く。歩くたびに、革靴から水を踏む音が聞こえる。こんな時はいつも思う。そういえば、僕はどこから来たのだろう。
いきなり、誰かが、前からぶつかってきた。走っていたらしく、僕の肩に激しくぶつかると、その人はぶつかった衝撃でよろめいていた。手に持っていたビニール傘の庇護から、その人の体ははずれてしまい、紺のスーツには容赦なく雨が降り注いだ。反対に僕はあまり体を動かされなかった。動揺して、よろめいている相手を見る。けれど、すいませんも言わずに、ぶつかってきた人はすぐに体勢を立て直して行ってしまった。僕はポカンとしてしまった。なんなんだ。理解できない。
そもそも、こういう人種が多い。礼を欠く人間が増えてきたものだ。ぶつかったら、謝る。謝られたら、適度な返し方をする。これが人間関係の礼じゃないか。
そんなことを思っている間にも、雨が靴の中を浸食し続けている。はっきり言って、僕は家に帰りたくなかった。歩くことが面倒で仕方がなかった。この激しい雨の中、人の流れに乗ったまま、家に帰るのが面倒で仕方がなくなっていた。変人扱いされないのなら、僕はいっそ傘を投げ捨てたかった。そして、さっきぶつかってきた人をとっつかまえに行きたい。それは別に怒っているからしたいのではない。ただ、ひとこと謝って欲しいだけだ。それ以上求めているわけではない。いや、実際、僕が切に求めているものは違う。僕が求めているのは、この人混みという牢獄から脱獄すること。どこを見ても目に映る人と傘から解放されたいだけだった。新宿周囲の無意味に高いビルが見たい。何ひとつ欲しくもないものが並べられているウィンドウが見たい。雨でてかっている街路樹が見たい。とにかく、人なんて見たくない。傘なんて、もっと見たくない。
と、突然。マッチを擦る音が耳に入ってきた。なぜ、この雨の中でマッチなんか擦るんだ? 僕は音のする方を見る。音の出所は、富士銀行の屋根に覆われた、ちょっとした広場だった。そこで、段ボール箱の上に、ちょこんとあぐらをかいている浮浪者がいる。その彼がマッチを擦っていたのだ。そこだけはなぜか人がいなかった。多くの人が浮浪者を避けたいらしく、その近くを通らない。だから、浮浪者の周りだけはポカンと空間ができていたのだ。
浮浪者の風体は酷かった。髪はボサボサで爆発しているし、黒いはずの髪は灰色がかっている。いつから来ているのかも見当がつかないほど服はよれていた。いかにも浮浪者という男。浮浪者の絵を書いてくれと誰かに言われれば、この男の姿を空で描くだろう。そんな男に僕は気を取られた。いつもの僕なら一瞥をくれるだけだ。だが、今日は違う。それはマッチをする仕草に何か奇妙な親近感を覚えたからだ。長方形で、なんということのないマッチ箱。その箱を左手に持ち、口にくわえた短いタバコに火をつけようとして、その浮浪者がマッチを擦ったのだ。

最初、浮浪者は僕の進行方向斜め前ぐらいに座っていた。だから、歩きながらでも、ちらちらと見ることができたのだが、人の流れに押されていくうちに、僕はその浮浪者を見ることができなくなってしまった。見えなくなると、僕はなぜだか惜しいことをしたような気がした。もう少し見ていたかった。そんな気がしてきたのだ。一瞬、僕は戻ろうかとさえ思った。だが、津波のように僕を流していく人混みがそれを許してくれない。それに、僕が浮浪者を見に戻ると言ったら、後ろで笑っている2人の友人はなんと思うのだろう。それがわかっているから、僕は決して戻ることができなかった。時折、僕は名残惜しむように、背中の方に気を向けるだけだった。

新宿アルタ前の広場に着いたときには、雨の地面を打つ音がほとんど聞こえなくなっていた。少しずつ止みだしたのだろう。僕が山手線に乗り込み、この新宿から出る頃には、元の”しとしと”降りに戻るのではないだろうか。そうなれば、僕はこのビニール傘をささずに帰れる。少なくとも、新宿を離れれば、これだけの人と傘を見ることはない。しかし…。なんとなく、僕の中にたんこぶ大のしこりが残る。