青春&友情小説「雨」3

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青春&友情小説「雨」3

電車が滑り出したときには、僕は窓から外を見つめ始めていた。目黒に向かうまでに見えるであろうガーデンプレイスを見たかったからだ。少しでも、自分の目で何かを見たかった。見るという自由ぐらい、僕は有しているのだ。その自由を試すかのように、僕は流れていくガーデンプレイスの風景を見続けた。
長方形の建物以外は黒い闇で支配されている。墨汁で塗りつぶされたように、周辺の木々や道路は黒かった。少しも見えない。長方形の建物には、クリーム色の明かりが整列している。長方形の建物の隣には、れんがで造られた建物がある。そのれんが造りの建物だけは、なぜかほんのり白く輝いている。1つ、このれんが造りの建物だけが黒に対する抵抗を示す白だった。窓に付いている雨粒がその白さを拡大させているのかもしれない。これまでも、僕は夜のガーデンプレイスを何度か見ている。何度も何度も。だが、今日のガーデンプレイスはなんだか違うような気がする。さっきまでの噴水のような雨のせいか。それとも、今日の僕が意識してガーデンプレイスを見ているせいか。
ガーデンプレイスを越えると、目黒の高級住宅街だ。緑に囲まれた高台の家々が見えてくる。しかし、高級住宅街を見る気にはなれなかった。ぼんやりとしてきたからだ。車両を占める暑さのせいで、さっきから額から汗が流れている。その汗をきちんと折り畳まれたハンカチで拭くこともできない。それはさっきと同じ状況だった。しかし、今の僕は汗をハンカチで拭く気も起きていない。なんだか汗を拭くのが面倒だった。窓から外を見ては、なんとなく時間が過ぎることを望んでいた。早く帰りたくなったのかもしれない。いや、早く、この電車から下りたくなったのだ。暑いし、蒸すし。人にはぶつかるは、押されるは。そんな場所から、一刻でも早く脱出したい。だから、僕は時間の流れることを願ったのだろう。
電車が早く品川に着くことを願った。さっきまでの”出たい”という気分とはがらりと形を変え、危機感に押されている。だから、ここから”脱出”したいのだ。
五反田駅の前にあるモスバーガーが視界から消えた。電車は五反田に着き、大崎に向かい始めている。人でいっぱいだった車内。気づくと、いつの間にかガランとしていた。超能力で消してしまったかのように、多くの人がいなくなっていた。座席の緑カバーが目立つほどだ。これで、少しは楽になった。人が減ったため、熱があまりなくなったからだ。だが、所詮は電車の中だ。息苦しい。たくさんの人が吐き捨てていった二酸化炭素は、遠慮をすることなく、この車両を蔓延している。僕はそんな車両の空気なんか吸いたくなかった。もっとも、もう後1駅で、品川に着く。品川に着いたら、少しはマシな空気を吸える。この車両の蒸し暑く、薄い空気とは違う。取れたてのミルクのように、新鮮で澄んだ空気を。そして、その後でゆっくりとタバコを吸おう。頭が真っ白になるほどにタバコを吸い立てよう。
ところが、電車が大崎に止まった瞬間。僕は大崎に下りることになった。どうやら、僕は大崎止まりの電車に乗っていたらしいのだ。やむを得ず、僕は山手線を大崎で下り、次の山手線が来るまで、4番線ホームで待つことになった。待望の空気を吸えるのだから、乗り換えが面倒ながらも、僕は少しホッとしていた。電車が来る間に、僕はどのくらいの量の空気を吸えるのだろうか。
ホームの喫煙所で、僕はタバコを吸っている。雨はまだ降っていた。新宿で浴びたシャワーのような雨ほどではなかった。もう、”しとしと”雨だった。そして、そんな”しとしと”雨の中へ、羽毛のような煙が飛び込んでいく。喫煙所には、6人くらいが集まっていた。みんな、何かに急かされていうようにタバコを吸っていた。吸っては吐き、吸っては吐き。まるで、タバコを吹かしているようだ。少しも、タバコを味わっている様子がない。無理にタバコを吸っているようだった。僕だけがのんびりとタバコを吸っている。口と鼻から肺に吸い込み、一瞬の溜を作ってから、鼻と口から同時に吹き出す。湿った大気に混ざった瞬間、吐息がまだらに白くなる。他の人々の吐息はクレヨンで塗られたように白だった。いや、白でもない。もっと、濃い色だ。そう、灰色に近い。灰色のクレヨンで塗りたくったように、喫煙所にいる人々の吐息が灰色だ。おそらく、彼らは少しでも多くの”タバコを吸っている”という感覚を得たいのだろう。すぐに来るかも知れない電車。電気表示灯に記されたオレンジの文字によると、次の電車が来るまでに、あと3分ぐらいだ。その3分をタバコで占めたいのだろう。

去年の夏の僕もそうだった。埃をかぶった日記を開くように、僕は一年前の自分を思い描く。