青春&友情小説「雨」6

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青春&友情小説「雨」6

吊革に必死につかまりながら、僕は外を見ていた。電車のスピードが速すぎて、建物も道も、道を歩く人もじっくり見ることができない。やはり、僕には電車はあわない。やはり、僕は社会にとけ込めない。それが悪いことではないことは十分にわかっている。ただ、普通の人は社会の煩雑さに耐えていくのだ。僕には、それができないだけのこと。それは悪いことではなく、ただ、できる、できないの問題だ。そして、できる、できないの問題以前に、堪えていく気持ちがあるかということだ。
後ろに立っている男が体勢を変えようとして、もぞもぞと動き始めた。足踏みをするように足を動かし、持っている鞄を持ち替えたらしく、男は僕の背中に鞄の端をぶつけた。鞄の端は尖っていたらしく、僕の背中に鋭い痛みが走った。
僕には、社会に溶け込む気持ちがない。周りののペースにあわせていく気も、堪えていく気もない。背中に痛みを負わせても、謝りもしない人。背中に痛みを負っても、その傷口を触ることもできないほどに混んだ電車。これが社会の1つの形。僕はそんな社会を好きになれない。
だからといって、僕には社会は作れない。僕はあくまで僕個人で、社会ではないからだ。どんなにがんばっても、社会と個人とは違う。それならば、僕は…。
そう、簡単な話だ。個人であればいいのだ。少し辛くてもいい。それでも、僕は僕のペースに戻りたい。それならば、僕は手を動かす自由も得られる。考える自由も、浮浪者と話す自由も。失礼な奴に対して、ぶつかっていく自由も生まれる。周りからはずれるのだから、もちろん寂しいかも知れない。一人になるから。けれど、それでも得られるものがある。無束縛。思うがごとく、体を動かせる。手を振ったり、足を組んだり、人を傷つけぬ程度に奔放な行動ができる。自分のペースで動いていける。
僕はなんだかわかってきたような気がする。今、僕が何をするべきなのか。簡単な話だ。

電車が止まると、すぐに電車から下りた。大森駅から家までは1駅分ぐらい。だから、雨が降っていて濡れてしまっても大したことはない。誰もいない道をテクテク歩くことになって、少し寂しいかも知れない。誰かに襲われるかも知れない。だが、それでも、僕は手や足を動かしたい。思うがごとく、この手を広げて、内股で歩きたい。ゆっくり色々なことを考えながら、時にその答えが出なくなれば、自分で足を止めて考え続ければいい。自分のペースで生きられる。それだけでもイイじゃないか。社会に群れて生きるよりも、僕は僕という生き方で生きられるじゃないか。その方がより活発的になれる。だれたり、くたびれたりする暇なんてない。自分が何かをしなければ、何も起こらない世界。自分でこれから作っていく世界。自分の世界を作っていくのだから、くたびれている暇なんてまったくない。
ホームから改札口までの長い階段。僕は人混みを避けながら駆け上った。小気味良く、靴が石段を叩く。リズム良く、階段を上っていく。肌が風を感じて、自分がスピード感溢れているような気がする。そのまま改札を出ると、僕は外に向かって走った。まるで、恋人に会うように、僕は外の空気にまっしぐらだった。たとえ、雨が降っていて、それがだれた”しとしと”でも。僕はこれから新しい世界を創っていく。自分のペースで歩き、自分の意思で家に帰るのだ。惰性ではなく、自分の行きたい場所だから、家に帰るのだ。始めて帰ることを意識した瞬間だ。
群青色に塗られた空からは大粒の雨が降ってきていた。車内の熱気のおかげで、少し乾いたビニール傘を広げた。星のまったく見えない空を見上げた瞬間に、僕はさっそく僕の世界を創ろうと思った。これまで社会に縛られていてできなかったこと。集団に縛られていてできなかったこと。振られたら、怖い。恥ずかしいと思い、少しも踏み込めなかった恋の道。まずはありったけの僕の思いを好きな君にぶつけてみよう。それがまず、世界を創ることの第1歩だ。
僕は携帯電話に指をかけた。そして、クイックダイヤルの1番に登録してある岩崎 祐子に電話をかける。携帯電話の受話器から、電波のとぎれるような音が耳に走る。CDMA-ONE特有の受信音だ。
傘を差しても濡れるほどの雨になっていた。風で雨が揺れ、僕の服を濡らしていく。それでも、傘から体が出るほどに速く歩き続ける。濡れることなどに少しもとらわれず、身を前に前にと滑らしていく。いつのまにか切り替わったCDMAーONE、ケータイの呼び出し音。僕の心臓の音よりも小さく聞こえる。
「もしもし、加藤です」
男の声だった。しかも聞き覚えのある。その瞬間、僕の心臓は破裂した。何かに押されてそうなったのではなく、自分の想いで破裂したのだ。