青春&友情小説「雨」END

青春&友情小説「雨」END

のどの渇きを覚えた。大量に汗をかいているのだから、当たり前のことかも知れない。僕は自動販売機を探し始めた。目の前に架けられている橋の向こう側に、ジュースの自動販機らしきものが見える。黄色い街灯が、降り続ける雨と赤く塗られた自動販売機の存在を浮き彫りにしている。

自動販売機の前で、僕はポケットを探った。200円ぐらいはポケットに突っ込んだままのはずだ。しかし、なかなか手探りでは見つからない。思うようにいかないので、僕はイライラしてきた。手つきが余計に雑になり、硬貨をポケットから取り出すことどころか、ポケットの中にある鍵で右手を傷つけてしまった。思わず、僕はため息を付く。
再び携帯電話が鳴りだした。無視しようかと思った。だが、さすがにこれ以上無視すると、余計に面倒なことになると思ったので、僕は電話を取ることにした。

「もしもし、近藤ですが」
「わかりやすいな。お前、イラついているだろう?」
やっぱり、加藤だった。加藤は人の感情に敏感な男だ。おそらく、僕の声だけで、僕がイラついていることに気づいたのだろう。
「何の用? なんかあった?」
右手でポケットを探りながら、僕はぶっきらぼうに答えた。
「さっき、お前がかけてきたんじゃないか? 電話」
「え」
僕は混乱した。岩崎祐子にかけたんじゃないのか。
「お前にかけたつもりはなかったんだけど」
「何だ」
今度は加藤がぶっきらぼうに言い放った。その瞬間、僕には、加藤のことなど、もうどうでも良くなっていた。心はここになかった。
「そういうわけなんだ、ワリイな。じゃあ」
僕は電話を切ると、ちょうど見つけた硬貨2枚を自動販売機に投入した。2枚の硬貨とも、するりと投入口に入っていった。午後の紅茶を選ぶと、缶ジュースは音を立てて落ちてきた。そして、今度はお釣りの落ちてくる音がした。硬貨と硬貨のぶつかる音。しゃがんで、お釣りの銅貨を受け取ると、僕は缶ジュースを取り出し口から拾い上げた。そして、シルバーの携帯電話を持ち直した。
缶に付いているプルタブを思いっきり持ち上げると、その勢いで、缶ジュースの中身が少しだけこぼれた。その間に、CDMA-ONEの受信音が呼び出し音に変わった。
「もしもし、近藤ですけど」
「ああ、近藤君。何?」
岩崎の声だ。さっきは何で電話をかけ間違えたのだろう?
「来週の月曜日、空いてる? 話したいことがあるんだけど」
「ああ、ちょっと待って」
しばらくの時間。この時間が怖い。すごく怖い。次の瞬間の答えが待ち遠しい。この瞬間が長く感じられる。心臓が動き始めて、止まるまで。そのぐらい長い時間のような気がする。電車から降りたかった、あの時間よりもさらに長い。
「いいよ」
この答えだ。僕が欲しいのは…。

僕はこの時わかった。おそらく、本当に長いのはこれからだということを。これから僕は何度もためらい、何度もつまずく。そして、その度に憂し、その度に死にそうなほど心を痛ませる。これから、そんな時間に袖を通すのだ。自分のペースで生きると決めたことで、僕は僕のペースでそんな時間を過ごす。誰も側にいなくなるかも知れない。けれど、僕は覚悟をしている。一人でも耐え抜かなければならないこと。強く生き続けねばならないこと。けれど、その代わりに得るものがある。自分で決めたことなので納得できる。つまり、納得する自由を得られるのだ。確かに、それは自己満足かも知れない。けれど、僕は真っ直ぐ、自分の気持ちに素直に生きたいのだ。集団に埋もれることなく、社会に群れることなく。自分の意思で、自分の想いで。そう、自分のペースで真っ直ぐ道を歩くのだ。だから、電車から降りたのだ。

雨は上がりそうもない。いや上がるよりも前に、僕は家に帰るのだ。家で果てしなく長く眠るために。家で、この長い道の休憩をするために。ゆっくりと眠るのだ。そういえば、僕はどこから来たのだろう。僕は意識して考え始めた。
いつの間にか、音もなくなった。けれど、雨は静かに降り続いている。

 

 

 


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