未来の形を作る青春小説「ブレイブ ピープル」10

未来を夢見る青春小説「ブレイブ ピープル」10

トシは自分の家に入るようにドアを開けた。おじゃましますと一声あげると、すぐに靴を脱いでスリッパに履き替えた。そして、躊躇することなく、どんどんと家の奥へと進んでいく。僕は置いていかれないように、トシの後ろを必死に追いかけた。

「さあて、太閤。お宅には、こいつをやってもらうぜ」

光が障子から漏ている部屋の前で、トシは急に足を止めて言った。

「これって?」

「そうせかすなよ。まあ、この部屋に入り」

そう言われても、自分で障子を開けるのはなんだか悪いような気がして、戸口に手をかけることができなかった。

「遠慮するな。ここの婆ちゃんとは、古くからのなじみだ」

そう言うなり、障子をパンと開けた。目の前に飛び込んできたのは、純日本風の部屋だった。日の光がよく当たった畳の臭いはぷんと僕の鼻に近寄ってきた。重々しい文字の掛け軸が、床の間の上の灰色の壁にかかっている。テレビで見る、華道の先生の部屋のようだ。

「ここでな、おまえさんにはこれを書いてもらう。俺の書いたレシピを綺麗に清書してくれないか?」

「へ?」

思わず、僕はひきつった声を出してしまった。

「おまえさあ、書道うまいだろ? 何段だ?」

「何でそれを?」

急に、トシが笑い出す。

「あのなあ、この年齢でなあ、自分の部屋に墨で書いた”不撓不屈”を張るヤツなんて、そうはいないぜ。それに、その横に自分の名前書いてあったしな。木下太閤って。書道は得意なんだろう?」

うん。僕は肯くより他になかった。トシの観察眼に恐れ入ったからだ。

「あの”不撓不屈”は気力の溢れたいい字だったぜ。これでも、俺も書は結構見てるからな。何流だ?」

「僕は青蓮門院流」

ふふっと笑いながら、トシはボールペンを走らせ始めた。トシの目が輝いている。子供が何かに熱中するときに見せる目だ。静かでも、何かに取り憑かれて、この世のものすべてを引っ張っていくような目。

「さて、これを書いてくれ。まあ、汚い字でスマンな。時間はたっぷりあるから。道具はなあ、そこにあるヤツ使っていいぞ」

そう言うなり、床の間にある筆と硯を指さした。

「いいの。こんなに高そうな道具使っても?」

「言ったじゃないか。金持ち相手だからって、気後れするなって。胸を張っていけよ、胸を張って」

トシは僕の肩を強くたたいた。すごく体中に響く。この不思議な響きは何なんだろう? 僕はまた、うんとつぶやいた。僕の声を確認すると、トシはすぐさまに立ち上がり、障子を開けて、どこへともなく出ていった。