クッキング系青春小説「ブレイブ ピープル」12

クッキング系青春小説「ブレイブ ピープル」12

そんな僕の目の前に、ボーイが銀のトレイに載った料理を運んできた。サラダのようだ。バンバンジーソースのような色をしたドレッシングがかかったレタスが見える。中央にちょこんと載った鰹のたたきのような具がおいしそうだ。老婆はその料理を見ると、ナプキンの一番外側に置かれているナイフとフォークを手に取った。そして、まるで自分の手のように、器用にナイフとフォークを滑らし出した。バンバンジー色のドレッシングがたっぷりかかったレタスを掘り起こすと、中央にたたずんでいる具と一緒に口に運ぶ。あまりにこの食卓が静かなので、老婆の咀嚼音が聞こえるかと思っていたが、老婆の上品な口からは、いやらしい咀嚼音が漏れることはなかった。トシは老婆の食べている様子を見ながら、何かを考えているようだ。眺めているというよりは、静かにそこに立っていて、目がたまたま老婆の方へ向いているだけといった感じだ。

ボーイが次の皿を持ってきた。スープとパンだ。スープはコンソメスープのようだ。プーンと漂ってくるおいしい香りが、僕の食欲をそそる。お腹が鳴ったら不味いな。僕はふとそんなことを考えた。

老婆は飴色のコンソメスープに口をつけた。すごくうらやましかった。だが、一口飲んだとたんに、老婆の目つきが変わった。これまでのにこやかな細い目つきから、驚愕の目つきに変わったのだ。スプーンを持つ手も止まってしまった。僕はトシが不味いものでも作ったのかなあと思った。こっそりトシの顔を見ると、まったく動揺している様子はない。さっきの表情と寸分変わらない。トシの表情が平静を物語るように、老婆は再びスプーンを動かし始めた。僕は老婆がスープを飲むのをやめるかと思っていたが、案に相違して、老婆は一口、二口と飲み続けた。そして、一滴も残さず飲み干した。

真っ暗になっていた。食卓に光るキャンドルが、白いテーブルクロスを厳かな空気を彩っていた。老婆は最後の一口を食べ終え、デザート用のスプーンをコトンと置いた。

「ごちそうさま。今日はありがとう」

「いえいえ、こちらこそ」

1時間ぐらいは軽く経ったろう? あのおしゃべりのトシが老婆の食事の間、一言もしゃべらなかった。ただの置物のように、声1つ出さなかった。

「では、これで」

「ええ。また、機会があったらよろしくね」

「はい」

トシは頭を深く下ろした。ゆっくりと。しかし、媚びる様子は少しもない。それどころか、どこか威圧している様子さえ見える。なんだろうか? この緊張感は。昨夜の遊び呆けた感じのトシとは全く違う。それがとてつもなく大きく見えた瞬間だった。

「おい、いくぞ。太閤」

トシはそう言うなり、入ってきた時と同じ戸を開けた。そして、早足で玄関に歩き出した。その場の緊張感に流されていた僕も、やっと我を取り戻して、トシの後を追っかけはじめた。その時になって初めて、自分は目が飛び出るほど疲れていることを意識した。

半月が出ていた。重い秋風に、半月は淋しい光を照らしていた。

「なあ」

豪邸の前の坂を下りきるかきらないかで、初めてトシは口を開いた。いや、あの畳の部屋以来、初めて僕の顔を見た。

「どうだった? 今日は」

さっきまで背負っていた緊張感とはまるで違う。昨日のキリッとしていない、にやけたトシの表情に戻っていた。

「ああ、すごく疲れた」

「そうか。俺も疲れた。今日はどうする? 家に帰って寝るのか。それとも、美紀の家にまた泊まるか?」

僕の疲れたという言葉に満足したような表情だ。トシは僕の表情をうかがいながら、後ろ歩きで坂を下り続ける。

「そうねえ。今日はうちに帰ろうかな? ちょっと疲れたし」

「そうか。じゃあ、一軒だけつきあえよ。飲みに行くの」

「え?」

「疲れたんだろ? だから、軽く飲みに行こうぜ。いい店、紹介するぜ。飯も食べるだろ、どうせ。家に帰って作るの面倒なんじゃん?」

トシの言うことには一理ある。確かに家に帰って、ご飯を作るのは面倒だ。だからといって、コンビニ弁当を買ってくるのは味気がない。あれだけうまそうな料理を見せつけられていて、自分が食べる段になって、コンビニ弁当ではつらいものがある。僕はトシについていくことにした。


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