料理の青春小説「ブレイブ ピープル」14

料理の青春小説「ブレイブ ピープル」14

食べ終わって、爪楊枝で歯をいじっているトシは平然とした顔をしていた。

「そうですか。さすがによく見てますね。どの辺が丁寧でしたか?」

「うーん、そうねえ。太閤さんも聞いていな。俺の演説を。料理のうまい、不味いっていうのがわかってくるぜ。まず、サンマな。焼き方が命だと思うんだ。生身のサンマの脂をいかに活かせるか。それが勝負だろ? この焼き方はサンマの焼かれている様子を見ながらじゃないと焼けないね。しかも、何百本という数のサンマを焼いてきている人じゃないとできない焼き方だね。焼き方の素人なら、どのくらいで焼くのを止めるべきかがわからないからな。きちんとサンマを焼くたびに、サンマの焼け具合を見ながら焼いているんだろうな。他の仕事をせずに。そう思ったら、丁寧だと思うのも当たり前じゃないか。それに、カボスを選んだのもうまい。レモンやら大葉といって、添えるものはいくらでもある。その中でも、秋サンマの脂の臭いを消すには何がいいか。それをしっかり味わいながら、カボスを選んだんだろう。それにカボスの酸味がサンマの甘さと調和して、サンマを飽きさせない。まあ、みそ汁は元々いい味噌を使っているからな。ご飯も粒の大きさをきっちり揃えているなって思うし。料理を丁寧に、そしてお客さんにしっかりと気を使っている態度。俺はいいと思うよ。天下屋にはこういう芸当はとても無理だな」

トシの雄弁は相変わらず切れに満ちあふれていた。そして、言っていることも、ごもっともと頷いてしまいそうなことばかりだ。どれも平凡なメニューに見えて、味わい深く、そしてより考え込まれたメニューだ。

「へえ。ありがとうございます」

「ん。思ったことを言ったばかりだ。気にしなさんな。それよか、今度、会社を興そうと思っているだけどさあ。協力して欲しいんだけどいいか? ま、協力っていっても、店が閉まってから、ここを貸してもらうだけなんだけどな。料理の実験のためにね」

そう言うなり、トシは急に携帯電話を上着から取りだした。

「もしもし。ええ、ああ。こちらジャンドの土方です。はい。・・・はい。わかりました。ありがとうございます。では、失礼させていただきます」

そうそうに電話を切ったトシだったが、その電話が何かを暗示していたのだろう。急にトシのテンションは上昇線を描き出した。

「なあ、いいだろ? 貸してくれよ、親父?」

「ええ、それは構いませんけど。ぼっちゃん、何か嬉しそうですね? 女ですか?」

「ははは。まあな、女関係だね、一応。いずれ、高杉の親父にも紹介するよん。ところで、今日は前祝いと行こうぜ。会社設立のね。な、太閤」

トシは何を思ったのか。昼間に名乗っていたジャンドという名前を口にしていた。それと今の電話とは何か関係があるのだろうか? 僕の頭の中では、疑問が渦を巻いていた。だが、トシは僕に構うことなく、ガンガン酒を飲み始めた。まるで狂ったように美少年を飲み始めた。僕は疑問と不安を感じながらも、そんなトシを見ながらため息をついた。

そして、5時間後。その不安は的中した。美紀んち、美紀んちと連呼するトシを背負って、赤船をあとにした。運良くつかまえたタクシーにトシを投げ出すと、僕たちは美紀の家へと向かった。

酔っぱらいのトシは何かを叫びながら笑っている。親の愛情をたっぷり注がれている幸せそうな赤ん坊。そんな感じだ。タクシーの中だということも忘れて、大声を張り上げては笑っている。僕はため息をつきながら、窓から街を見ていた。もう遅いので、ビジネス街の明かりは落ちていた。まばらにある家の明かりもほとんど落ちている。光っているのは、すれ違う車のヘッドライトばかりだ。

ふうう。この男は何を考えているのかわからない。トシ。あなたは何を考えているの? 急に人の家に押し込んできたかと思うと、飲みに連れ出し、何の警戒もなく、見ず知らずの他人を自分の仕事場に連れ込む。天下屋という店を継ぐことを嫌って、自分で商売を始めようとしている。真面目で威圧感たっぷりなときもあれば、こうやって赤ん坊みたいなときもある。場所、人、時間。これら全てにおいて、あっちこっちへと飛び回っている。トシは人生を飛び回って生きているようだ。これまでに、僕の周りにはこんな男はいなかった。初めてのタイプだ。だが、決してイヤな男ではない。むしろ、面白いし、一緒にいると楽しい。だが、僕自身、動揺していることもわかっていた。トシという初めて会うタイプの人間に。トシという男のバイタリティーに。何か。

疲れた。僕の頭の中では、明らかに疲労の2文字が浮かび上がっている。それは久しぶりに気分のいい疲れだった。スポーツをして、汗を流した後の疲労感に似ている。何かを成し遂げた後の疲労だ。

目の前にラークの看板が映った。僕には、タクシーがもうすぐ僕のマンションに着くことが容易に予測できた。