考える青春小説「ブレイブ ピープル」19

考える青春小説「ブレイブ ピープル」19

『赤船』の玄関を開けると、店中にすごい飾りが施されていた。天井から、折り紙で折られたワッカがぶら下がり、カウンターの上には段幕が飾られている。もっとも、部屋の飾りとは対称的に段幕には何も書かれていない。

「おお、諸君」

紺の割烹着を着たトシが、店の奥から出てくる。神々しいほどの笑顔をひっさげてだ。僕がトシの顔を見たのは昨日の二日酔いの時が最後だったので、相変わらず、トシのギャップに驚かされる。

「どうしたのよ、会社創立だなんて」

息せき切って、美紀はトシにくってかかった。

「ああ、そんなにあせるなって。あのな、前々からコソコソやっていたんだけど、それを形にしようと思ってな。料理人の出張料理サービス業だ。これまではずっと自分一人でやってきたんだけどな、どうしても料理に足りないものがでてきてしまう。料理っていうのは、結構人手がいるんだ。それでな。会社として、仲間でやった方が良いと思ったんだ。もっとも、仲間もいるが、新しい事業をするのには金もいる。ここんところ、それで苦労していたんだけどな、やっと最後のスポンサーが決まったんでね。太閤は知っている人だ。この間行った先のおばあちゃんいたろ? あの人が最後のスポンサーだ。それでもって、いよいよジャンドの活動開始というわけなのさ」

いつの間にか、高杉さんが立っていた。トシの横で笑いながら頷いている。まるで、大丈夫だと言わんばかりに。

「それで、今日は会社創立の記念を祝してパーティーをしようと思ってな。美紀には世話になったことだし。それにまだ、当分は世話になると思うし」

「そうなんだ。やっと自分の戦う場所を決めたというわけか。これで、土方歳も男になったというわけだ」

美紀は喜びを声に変えている。

「おめでとう。トシさん」

僕はおめでとうとしか言えない。なんだか、トシはやっぱりすごいヤツだ。僕の胸の中では、そんな声が反響している。

「そこでだ。仲間を紹介しよう。うちの会社のスタッフ。煮方は、西郷君。焼き方は、渡辺。盛りつけには、安藤。板長兼切り方は俺だ。まあ、いいや、みんな入って来いよ」

店の奥から、続々と人が入ってくる。みんな、はつらつとした顔つきをしている。みんな、生気に満ちあふれている。

「ええ、こいつが煮方の西郷君。天下屋で働いていたんだが、こいつも俺と同じように、天下屋で喧嘩をして出てきたんだ。ついこの間までは、つぼはちのコックやっていたんだけどな。やっぱり、こいつには、存分に腕を振るえるところで働いて欲しくてね。頼み込んで、俺の仕事を手伝ってくれることになったんだ」

無精ひげを生やした西郷は照れくさそうに笑って、よろしくお願いしますとだけ言った。後は下の方を向いてうつむいてしまった。

「それで、こっちが焼き方の渡辺。もともと、俺の飲み友達でな、よく行く焼鳥屋の店主だったんだ。でも、この世の中だろ? 不況で自分の店を潰しちまったんだ。もっとも、裏では天下屋が糸を引いていたっていう噂もあったがな。で、何もしないで酒浸りにしているには、惜しい男だからさ。つい、連れて来ちゃった。顔は悪いが、性格は悪くはないぜ」

「顔は悪いは余計だと思うよ、トシ」

笑いながら、渡辺はトシを殴りつけるまねをする。確かに、ニキビの多い顔だ。だが、いぶし銀な感じを漂わせている眼がある。トシは、渡辺のこういう眼にひかれたのだろう。

「おお、それと、このジャニーズ系が、安藤。盛りつけが担当だが、もちろん、料理の腕も抜群だ。美紀は会ったことあるよな、こいつと。俺がまだ修行していた頃に、一回、安藤と美紀と三人で飯食いに行ったことあるじゃないか。ん。忘れてるのか。たく。当時、俺と安藤はライバル同士だった。けどな、こいつがバイク事故で左手の筋を怪我してから、天下屋はこいつを放り出した。そん時から、こいつは料理から腕を引きやがった。おかげで、こっちまで料理に対する熱が消えたんだ。もっとも、左手をおかしくしても、味覚や色彩感覚は優れている。隠居させたり、他の業界に行かせるなんてもったいないと思ってな」

「どうも、お二方よろしく。それとお嬢さんの方は、よりいっそうよろしくね」

爽やかな感じの安藤は美紀に手を差し出してきた。気障なヤツだ。


PAGE TOP