悩める青春小説「ブレイブ ピープル」20

悩める青春小説「ブレイブ ピープル」20

「おお、それと、このジャニーズ系が、安藤。盛りつけが担当だが、もちろん、料理の腕も抜群だ。美紀は会ったことあるよな、こいつと。俺がまだ修行していた頃に、一回、安藤と美紀と三人で飯食いに行ったことあるじゃないか。ん。忘れてるのか。たく。当時、俺と安藤はライバル同士だった。けどな、こいつがバイク事故で左手の筋を怪我してから、天下屋はこいつを放り出した。そん時から、こいつは料理から腕を引きやがった。おかげで、こっちまで料理に対する熱が消えたんだ。もっとも、左手をおかしくしても、味覚や色彩感覚は優れている。隠居させたり、他の業界に行かせるなんてもったいないと思ってな」

「どうも、お二方よろしく。それとお嬢さんの方は、よりいっそうよろしくね」

爽やかな感じの安藤は美紀に手を差し出してきた。気障なヤツだ。

「んじゃあ、こっちの紹介をお前らにしよう」

そう言うなり、トシは僕の横に並んだ。

「男の方だが、木下太閤。こいつが俺が欲しがっていた男だ。俺の料理のレシピを書ける男だ。そんで、役職は事務長」

事務長? 何を言っているんだ、トシは。

「事務長って?」

「ああ、お前の役職。不満か。専務でもいいんだけどなあ。専務には別のヤツがいいと思ってな。専務には、こちらのお嬢さん、神田美紀をと思ってね。やっぱり、俺の尻拭いは美紀にしかできないよ」

「ちょっと。勝手に決めないでよ」

「イヤ、もう一つ勝手に決めさせてもらう。結婚しよう、美紀」

美紀の顔が赤くなった。

「え、だって」

「いいじゃないの? 美紀ちゃん。それとも、俺は嫌いか?」

「そんなことはないけど、急だから」

フフフと笑いながら、トシはゆっくりでいいよと言った。

「社名は、ジャンクランドの略称でジャンドですよね。若大将」

トシの肩に手を掛けながら、高杉さんがフォローをいれた。僕はそんな光景を見ているだけで精一杯だった。自分がどうしていいのかわからなかった。美紀のこと、自分のこと。まるで、当たり前のようにトシはそれらを決めていった。とてつもなく大きい穴に吸い込まれるように、僕は勢いよく流されていく。

「まあ、いいや。とりあえず、今日は親睦会だ。そうそう、あの段幕にジャンドって書いてくれないか。太閤ちゃんの初仕事」

トシはそう言いながら、白地の段幕を指さした。僕は言われるままに、その段幕にジャンドと書くことにした。墨を擦りながら、書きながら。僕は自分の気持ちを整理しようと思った。何で、こんなにまでトシは僕を思うのだろう。このまま美紀をトシに取られてしまうのか。僕はモヤモヤとした心のまま、墨をせっせと擦った。

宴会の途中、僕とトシは外に出た。トシはウィスキーを飲みながら、僕に黙ったままついてくるようにサインしたのだ。真夜中に、トシは静かな公園へと僕を連れていった。

人気のない公園のベンチはひんやりとしていた。座りこんで話すには、風も冷たかった。

「なあ、太閤。俺はさあ、ひとりじゃあ何もできない人間なんだ。人といると、独りでいるときの自分じゃなくなるような気がする。外面を良くしたいからかなあ。まあ、そんなことはいいや。とにかく、独りじゃ駄目なんだ。そう思っては、俺は何人という人間に会ってきた。俺の寂しさを癒せる人間を捜してな。俺の寂しさをわかる人間を捜して、色々な人に会った。でも、最近、それが意味のないことだってわかったんだ。うーん、何というかさあ、俺の寂しさがわかる人間なんて、この世にいないんだってわかったって言うのかなあ。そんな感じで」

トシはウィスキーを口に注いだ。そして、僕にも飲むように、僕の前にウィスキーを差し出した。僕もごくりと熱い液体を飲み込んだ。

「で、わかった瞬間に思ったんだ。自分の寂しさがわかる人間に会ったからといって、どうなるというんだろう。自分がそれで癒されるのかって。もちろん、そんなんで癒されるわけなんてない。自分の寂しさを再認識するだけだ。自分よりも強い人間に守ってもらいたかったんだ。引っ張って欲しかったんだ。でも、そうじゃない。自分で生きるんだって思った。自分を癒してくれる人間を求めるよりも、仲間たちと自分の寂しさを抱えて、自然に生きていった方がいいじゃないかって思ったんだよ。お前と会って、話しているときに、俺はそう思ったんだ。お前は俺から見たらすごく自然だったよ。うまいものはうまい。好きなものは好きって、すごい自然に出てた。それがすごく新鮮でうらやましくなったのさ。だから、お前に近くにいて欲しかった。たった三日間だったけど、俺にとっては十分すぎるほどの三日間だった」

トシの声は荒々しかった。だが、嘘を語っているようにも、怒っているようにもみえない。心から本当の自分をさらけ出そうとしている。