未来系青春小説「ブレイブ ピープル」3

未来系青春小説「ブレイブ ピープル」3

頭痛で始まった翌日、朝起きて体温計で熱を計ると、七度九分の熱があった。昨日の疲労感が僕に熱を出させたのだ。朝御飯を買いにコンビニに行くつもりだったが、足がふらついて、今はそんな状態じゃなかった。思うように足を前に出すことができない。それどころか、一歩一歩の振動が僕の頭痛を助長した。歩みを止め、僕はベットに戻った。空腹を抱えたまま、僕はマンションという籠の中で横になった。

二時頃、収まらない空腹と、乾燥したのどが僕をゆらりと起こした。シーツは汗で濡れていて、触るだけでも気持ちが悪い。それでも、ベットに手をかけながらではないと、立ち上がることができるかどうか不安だったので、手をかけてゆっくりと立ち上がった。まるで初めて月に降りた宇宙飛行士のようだ。一歩一歩、先に向かって歩き出すのが不安で仕方がない。

しかし、ベットから降りると、熱のせいで立ち眩みはするが、朝よりはまともに前が見えた。歩いても、朝ほどは頭痛がじない。とりあえずの食料と、クスリを買ってこなければと思い、クシャクシャのワイシャツにコートを羽織って、チョコレート色の扉を開けて、肌寒い外に出た。

コンビニから帰り、僕は玄関の鍵を開けようと鍵を鍵穴に刺そうとした。その瞬間、僕は妙に朗らかな声に呼び止められた。

「にいさん、ここは君の部屋じゃないだろ?」

僕はキョトンとした顔で、その声の主を見返した。金縁のサングラスに、さわやかそうな微笑みを携えた赤のジャケットを着た男だった。今まで、このマンションで見たことがない。

「おい、聞いてんの? お前さん、ここは、お前さんの部屋じゃないだろって」

赤ジャケットの言っていることを理解するのに、そんなに時間はかからなかった。神田美紀と書いてある表札を見て、即座に僕が部屋を間違えていたことに気づいたからだ。僕の部屋は505号室で、ここは405号室だった。階を一階間違えてしまったらしい。恥ずかしくなって、一気に頭の方に血がまわった。

と、急に鼻血が鼻からあふれてきた。小さい頃からのもので、体の調子が良くないときは決まって、鼻血が出る。外傷でなくとも、少し興奮することがあると、グピッ、ドクドクドクと流れてくるのだ。

「おお、にいさん、どうした? 鼻血がこんなに。これは、面白いなあ。こんなにたくさんの鼻血なんて、そうは見ないぞ。うわあ、まだ出るよ、おい。にいさん、貧血で倒れるんじゃないの?」

赤ジャケットは少しも心配などせずに、僕の鼻血を面白がっていた。急いで出したポケットティッシュでは抑えきれないほどの量だ。顔を上に向けて血を逆流させようとしても、なおも鼻から血が流れてくる。赤ジャケットはそんな僕の間の抜けた様子を横で面白がって見物していた。白いティッシュがどんどん赤く染まっていく様子が面白いのか、それとも、僕が鼻血をこんなにも大量に出すことが面白いのか。手品を見ている観客のように、僕の行動を息を飲んで眺めていた。

「おい、にいさん、にいさんの家まで連れていってやるよ。これじゃあ、自分の部屋に行くまでに死んじゃうよ。もっとも俺は今、笑い狂いそうだけど」

なおも笑い続けている。そういう赤ジャケットの態度も気に入らなかったが、それよりもまず、人見知りの僕としては、見ず知らずの人に助けてもらうなんて、とてもできない。

「いえ、結構です。ブフ、すぐ上なんで」

会話をしている最中にも流れてくる鼻血で僕はむせてしまった。

「でもなあ、そんだけの血が出てると、こっちとしても心配なんだよ。普通、そんなに出ないよ。だって、もう、ポケットティッシュ三袋使ったろ? さすがに正義の味方としては、見捨ててはおけないよ。困ったときは、お互い様。愛を送って、愛を感じろ。とにかく、人の好意は受けろって」

赤ジャケットは正義という大義名分を口にしながら、僕に近づいてきた。そして、僕の肩に手を回した。嫌ではあったが、鼻血が僕の行動力をそいだ。僕は上を向いたまま、赤ジャケットの足取りに合わせて、エレベーターに乗った。

「何階だ?」

「五階、です」

「よーし、もうすぐ着くからなあ。にいさんの部屋って、どうせ、さっきの部屋の上だろ? ほれ、もう着いた。にいさん、鍵、鍵」

無言で、金色の鍵を差し出した。

「ほら、入るぞ。お邪魔しまーす」

僕を玄関先に残し、赤ジャケットは部屋の中にズカズカと侵入していった。なんて、無礼な奴だ。僕は思わず大きな声を出そうとしたが、なおも止まる気配のない鼻血はそれさえも押しとどめた。しょうがなく、僕は靴を脱ぎ、勝手知ったる部屋を手探りで、自分のベットに戻った。そして、ベットから赤ジャケットを小さな声で呼んだ。

「どうもありがとうございました。もう、大丈夫ですから」

僕は迷惑そうな声を出したつもりだった。静かに寝させてくれという気もあったが、とりあえず、第三者にあまり自分の部屋を見てはもらいたくなかった。

「ああ、もう平気になったか。良かった、良かった。んっじゃ、俺、行くわ。元気でなあ、鼻血のにいさん」

そう言って、赤ジャケットは、その騒がしい声を僕から遠ざけていった。玄関の閉まる音がする。やれやれと思いながらも、世の中には優しい人もいるんだということに少しうれしくなっていた。

鼻血が収まってから、ご飯を食べようと思い、ベットに仰向けになって横になった。鼻血はいつしか止まっていた。鼻血が止まったことで落ち着いたのか、僕はどん欲な眠りにまたも吸い込まれていた。


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