完全オリジナル-未来系青春小説「ブレイブ ピープル」7

未来系青春小説「ブレイブ ピープル」7

「とりあえず、一緒に来てくれませんか? 連れてこい、連れてこいってうるさくて。とてもかなわないものですから」

女はしつこく、僕に自分の部屋に来るように誘った。僕としては、見知らぬ人の家に上がるのは気が進まなかったが、女の家に行くしか、この疑問の釘を引っこ抜く方法がなさそうだ。ひょっとしたら、旧友が引っ越してきて、驚かそうとしているのかも知れない。少しの好奇心が僕の小心を押しつぶした。

「ええ、じゃあ、行きます。ちょっと、待っててくださいよ。テレビ消してきますから」

とりあえず、下に行ってみれば、疑問は氷解するはずだ。僕は机の上に置いてある鍵をズボンのポッケに入れ、ドアに鍵を閉めた。鍵と一緒にとってきたスーツを着て、一階下にある女の部屋に向かった。

女は鍵を使うことなく、ドアを開けた。

「さあ、どうぞ。少し汚いですが、ご遠慮なく」

「ええ」

軽く会釈をしてから、僕は慎重に、キティーちゃんのスリッパを履き、居間に足を進めた。

「よー、遅かったなあ、美紀。はやく連れて来いよ。やあやあ、昼間の兄さん、元気か。さっそく飲もう、俺の料理食おう。飲んで、食って、飲んで、食っての二進法で、元気を取りもどしてくれや」

白いソファの上で、横になって缶ビールを手にしていたのは、昼間の赤ジャケットを着た鈴木京香だった。

「あなただったんですか。僕を呼んだの?」

「ああ、そうだよ。何か、まずいことでもあった? はあ、さては女でも来ていたのか、こいつ。それとも、田舎のおっかさんでも出てきていたか。はたまた、体の調子が悪くて、まだ寝てたか。まあ、それはないと思うけどな。あれだけの食欲がありゃあ」

「さあ、ドアの前で、いつまでも立ってないで。友達同士なら、中入って。どうぞ飲んでいってくださいよ。こいつの相手、私だけだとキツイから」

僕の背中を押しながら、後ろからさっきの美紀という女が早口でまくし立てた。

「美紀、ビールを太閤さんにも。あんた、いける口だろ?」

美紀はグレーの大きな冷蔵庫から、ビールをすばやく取り出し、僕の手に握らせた。美紀の手は温かく、柔らかだった。

「さあ、こっち来いよ。ここの料理は全部、俺の作品だ。好きなだけ食ってくれや。おっと、一つわすれてた。紹介な。この女の子、俺の友達で、神田美紀っていうんだ、よろしくな。かわいいだろ、こいつ。それでもって、上品そうだろ。だから、こいつ、すごくもてるはずなんだけど、性格、こいつ悪いから」

いやらしい目つきで、京香は叫んだ。

「トシ、いい加減にしなよ。酒の勢いとはいえ、許せる言葉と許せない言葉があるわよ。親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ。ねえ?」

僕は肯定の相づちをうった。これでは、帰るなどとは言い出せそうもなかった。飲み仲間に加わらざるを得ない。そんな雰囲気だ。疑問が解けたら、すぐにでも帰ろうかと思っていたのだが、この様子だと、弱気な僕にはとてもとても言い出せそうもない。うつろな僕の視界には、秋風にそよいだレースがベランダから部屋の中へ中へと入ってくるのが映った。

缶ビールの中身は、もうほとんどなかった。美紀に握らされたときには、ズッシリと重かったあの缶も、今ではもうアルミの重さしかしない。

「太閤さん。おいくつ?」

「24です。美紀さんは?」

「あたし? あたしはねえ、一生20才。それじゃあ、駄目?」

フフフッと笑いがこぼれてくる。僕はきょとんとして、何とも答えられない。

「そういえば、何で、美紀さんは、京香さんのことを、トシって呼ぶんですか」

「ああ、こいつ、すんごいいい加減なんだよ。というよりは、こいつ。天下屋の名字を継ぐのが嫌で仕方ないらしくって、いろいろな名前を作っているの。その一つが、鈴木京香。何で、その名前かは、わかるよねえ。このトシが鈴木京香のファンなんだって。トシっていうのは、こいつの本名、土方 歳から取って呼んでるわけ」

「へー、そういうわけだったんですか」

僕はケラケラ笑い飛ばした。だが、内心では、人に嘘をついたトシに違和感を感じた。同時に、天下屋の名字を継ぐのを嫌っているというトシに興味を覚えた。天下屋の名字を継げるトシ。つまり、トシは天下屋の跡取りなのか?

「え、あの、鈴木さんじゃなくって、トシさんは天下屋の御曹司なんですか?」

「そうよ」

美紀はすました顔で答えた。この男が天下屋の跡取り。つまり、次世代の料理界を背負って立つ男なのか? 僕にはとても信じられなかった。確かに料理の腕はいい。だが、この風采。ソファアにごろりとしているトシを見て、誰が信じられようか?

「本当にそうなの?」

「そうよ。ねえ? トシ?」

「ああ。おいらはかっこいい男。天下屋の息子さ」