男の料理も!青春小説「ブレイブ ピープル」8

未来系青春小説「ブレイブ ピープル」8

僕はケラケラ笑い飛ばした。だが、内心では、人に嘘をついたトシに違和感を感じた。同時に、天下屋の名字を継ぐのを嫌っているというトシに興味を覚えた。天下屋の名字を継げるトシ。つまり、トシは天下屋の跡取りなのか?

「え、あの、鈴木さんじゃなくって、トシさんは天下屋の御曹司なんですか?」

「そうよ」

美紀はすました顔で答えた。この男が天下屋の跡取り。つまり、次世代の料理界を背負って立つ男なのか? 僕にはとても信じられなかった。確かに料理の腕はいい。だが、この風采。ソファアにごろりとしているトシを見て、誰が信じられようか?

「本当にそうなの?」

「そうよ。ねえ? トシ?」

「ああ。おいらはかっこいい男。天下屋の息子さ」

「何言っているの? 料理を作る気も起きないとか言いながら、女の部屋にやっかいになっているだけの遊び人じゃない?」

「おいおい、美紀、俺のイメージがダウンしちゃうじゃないか。お前も、お前だ、太閤さん。ケラケラ笑いやがって」

ソファアにふんぞり返っていたトシがその体を起こして、僕らに吼えてかかった。そして、言い終えると、大きく吼えた反動でまたソファアへ沈んでいった。

「まあまあ。でも、すごいなあ。名門じゃないですか? 僕なんてただの田舎者ですよ。うらやましいですよ。天下屋の名字を継ぐのが何で嫌なんですか?」

トシが声を出そうとしてソファアから起きあがる前に、美紀が代わって答えだした。

「それはね、太閤さん。この人、料理が安っぽいって、お父さんから言われたの。それでカッとなって家を飛び出してきちゃったのよ。それ以来、トシはねえ、自分の料理をなじった天下屋が嫌いなのよ。だから、いろいろな職業転々としているし、家も今日はあそこ、ここって、転々としていたわけ。今はここに居候。しっかりしなさいって感じ」

美紀は言い終えると、僕にニコリと一つ笑みを送り、僕に同意を求めてきた。その笑みにつられて、僕は、げにもという顔つきで深く深く肯いた。

「コラコラコラコラ、いい加減にせーよ、美紀に太閤。お前ら、二人で同盟組みやがって。太閤、お前、美紀に惚れたんじゃないのか。さっきからデレデレしやがって。昼間も、実は間違えたフリして、この部屋に入ろうとしたんじゃないのか?」

「え、そうなの? 太閤さん? 太閤さんって、そういう変態なの?」

急に話を僕に振って、トシは自分事から逃げようとしていた。僕にはその術がはっきりと見越せていたが、その話の展開に美紀が乗ってきたため、かわすことができなかった。

「違いますよ、本当に。ただ、本当に間違えただけです」

「ホントー、怪しいなあ。自分ちなんか、なかなか間違えないよ、な、美紀」

「ホントーです。トシさん知っているじゃないですか? 僕が具合が悪かったの」

トシはポンと手を打って、思い出したかのような顔をした。そして、確かにと一言つぶやいた。

しかし、トシは鋭かった。僕が美紀に惚れてしまったことは確かだ。彼女の包み込むような優しさは、母親の持つ特有の優しさのようでとても懐かしかった。笑うたびに深いエクボを作る顔は僕に笑みを与えた。そして、ヒシヒシと感じる気品は、僕にとってもっとも必要な何かのように思えた。もし、この人が近くで僕を励ましてくれたら。そう思わずにはいられなかった。

その日、空が白ずむまで、僕らはいろいろな話をして過ごした。そのどれもが温かく、そして新鮮だった。トシの料理の話や、美紀との昔話。聞けば聞くほど、心が洗われていくようだった。最近、就職活動で固まりきっていた心。それが、彼らの話が生み出す笑いによって、だんだんとほぐれていく。こんなにも愉快なのは久しぶりだった。おかげで、一度として眠気を覚えることがなかった。ただ、トシは何度となく、途中寝ていたようだ。たまに声がとぎれて、急にわけのわからない言葉を吐いていた。

九時過ぎ、美紀が会社に行くと言いだしたので、僕らも一緒に家を出ることにした。

「よう、太閤ちゃんはどうすんの、今日? なんか用あるの? なければ、俺とつきあえよ。楽しいところ行こうぜ」

「たく、労働者の前で、そういうこと言わないでよねえ。私まで遊びたくなるじゃないの。本当に、気遣いのできない男ね」

「悪かったよ、美紀、怒るなよ。こっちで、相談しているから、お前は奥から俺の黄色のジャケット取ってきてくれよ。ああ、それと俺の荷物もな」

美紀は返事もせずに、プイッと一陣の風のように奥に去った。僕はその後ろ姿を見ていたが、やがて、僕の顔をトシのニヤニヤ視線が直撃していることに気づいた。そのニヤニヤは何とも不気味だ。僕は少し怖かった。

「お前、ホントーに惚れてんだな。あいつはいい女だぞ。別に俺と美紀は何でもないんだから、つきあってもいいんだぞ」

やっぱり、そうきたか。僕にはわかりきっていたトシの問いに、苦笑いをするしか他になかった。

黄色いジャケットに、黒のティシャツ。パンツはというと、黒のジーンズ。顔の大部分を占めるのは赤の色眼鏡。普通の鞄ではなく、ソニーの紙袋を持つ。まったく、センスのかけらもない格好である。そんな服装の人間が僕の横を肩で風を切って歩いている。前から歩いてくる女子高生がクスクス笑っても、トシはいっこうにお構いなしの顔だ。トシよりも、僕の方が照れてしまう。もっとも、僕は僕でよれよれのワイシャツに灰色のスーツなどを着ている。

 


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