青春小説「大学入門す」10

青春小説「大学入門す」10

 次の日の昼時、僕は今坂さんを捜しに学食の方に向かった。梅雨の晴れ間で、蒸し暑い。少し歩くだけで、体中から汗が噴き出してくる。面倒くさくなりながらも、僕は学食へと急いだ。
すると、偶然にも学食から米原と今坂さんが出てきた。
「おおい、探したんだよー」
僕は手を振りながら、二人に近づいた。二人も容易に気づいてくれて、こちらに手を振ってくれた。
「私たちも探していたのよ。近藤君のこと。さっきさあ、佐々木が来てね、また飲み会やろうと言うのよ。で、近藤君にも伝えといてくれってね。たく、あの人ときたら、本当に飲んでばっかりなんだから」
僕には佐々木の笑顔が見えた。今坂さんの送別会をやるつもりなのだ、佐々木は。佐々木らしい思いつきだった。
「で、もちろん、二人とも来るでしょ?」
「うーん、私、どうしようかな? そう、毎回飲んでいてもお金がねえ。どうするの、ヨウコは?」
今坂さんは僕の顔を見ながら、僕に返事を促していた。僕次第ということだろうか。
「今坂さん、行こうよ、ね」
「そうね、行こうか、やっぱり」
米原はとやかく言っても、行く気なのだ。僕は米原の素直じゃないところが好きだった。 「行くよ。ありがとうね、近藤君」
「っで、近藤君はなんの用事なの? 私たちに」
「ああ、何か話そうかと思ってね」
「あら珍しいこと、近藤君が話そうとしているなんて。でも、ごめんね。今日はこれから二人して、フランス語の補講なの」
「あっそう」
僕は拍子抜けした感じだった。今坂さんがもっと落ち込んでいるかと思っていたからだ。落ち込んでいる仲間を慰めるのは、仲間として当然なことだ。しかし、そんな必要は微塵もないようだ。僕は笑いながら、二人を見送った。真昼ののんびりとした太陽が温かく感じられた。

茶色のカリン糖をむさぼり食べる。強い光の射す窓の側で、お茶も飲まずに、祐子は自棄食いをするようにカリン糖を食べていた。
「珍しいね。ユージが私を家に呼んでくれるなんて。久しぶりじゃない?」
波立たない声で、祐子はしゃべり続けた。いかにも愛おしいといった感じでカリン糖を見ながら。
「どうだった? 最近。一ヶ月も会ってなかったもんね。連絡もないし。もっとも、今回は私も忙しかったから、連絡もしなかったけど」
バリバリという音を立てながら、カリン糖は祐子の口の中で砕けていく。バリバリバリという音が妙に大きく聞こえた。
「ねえ、少し私、これまでしつこかったかなあ? そう思って、連絡しなかったんだけど・・・」
「いや、そんなことないよ。というか、俺、甘えてきたな。ずっと祐子に」
バリバリという音が止んだ。初めて祐子は僕の方を向いた。
「そんなことないよ。私の方こそ、そうだったもん。最後に会ったときに言ったユージの言葉。たしかに最初はそうだったかもしれない。私、ユージに同情していたかもしれない。でも、今は違うよ。かけがえのない人だよ、今のユージは」
祐子は大きな目の動きを止まらせていた。止まった目の中に映っているのは、ただ一つ。顎を膝に乗せたままの僕を映していた。
「ユージ。電話くれたとき、すごく嬉しかったよ。最近のユージは、今までのユージじゃないみたい。何かに引っ張られているみたいに、積極的になった。バイトも始めたし、それに友達もできた。しかも、あんなにいい人ばっかり。私、本当に嬉しかったんだよ。ユージにあんな仲間ができて」
「そうだな。俺もあいつらと会えたのは大きいな。佐々木のおかげかな」
僕の目は遠い目をしていた。佐々木か。佐々木という男が僕を変えた。夜のキャンパスで話してくれた佐々木の言葉が、僕に祐子へと電話をさせた。もう一度会う約束をさせたのだ。
「なあ、祐子。もうすぐ夏休みだな? 今年はさあ、バイトしてるから金もあるし、どこかに旅行でも行こうか、二人で」
今の僕には、これが精一杯だ。祐子みたいに、かけがえのない人だとかは言えない。それでも、僕は祐子が好きなのだ。祐子しか、僕を癒してくれる人間はいないのだ。
「うーん、どうしようかなあ? そうだ。おいしい紅茶煎れてきてくれたら、いいよ」
固まっていた祐子の顔が途端に砕けた。僕は強い日光の方に近づいた。

渋谷のモヤイ像の前で、今坂さんと僕は米原と佐々木の来るのを待っていた。約束の時間から、すでに三十分。二人とも来る様子さえなかった。日が沈みかけていて、僕らの影が段々と見えなくなってきていた。
「ねえ、電話してみようか。あまりにも遅いもんね」