青春小説「大学入門す」4

青春小説「大学入門す」4

 今日は大学で健康診断だ。あまり行きたくはないのだが、自分の体について心配だったので、僕は行くことにした。コンクリートで固められた門を抜け、学校の中央にある花壇のところに着いた。すると、深い青色のリュックサックを肩からかけた佐々木が、何人かの男と一緒に歩いていた。もう、あんなに友達を作ったのだろうか。佐々木という人間のすごさを感じた。おかげで、一瞬、声をかけようかと思ったのだが、機会を逸してしまった。まあ、向こうは気づいていないだろうから、いいか。そう僕は思い直して、掲示板のある第一校舎の方に足を進めた。
掲示板にあったとおりに、第三校舎では健康診断をしているようだ。ズラッと人が並んでいる。話をしている人は少なく、さすがにまだ仲良くなっていないのだなと思ってしまう。僕は列の最後尾にいる撫で肩の男の後ろに並んだ。
十分もすると、僕の番が回ってきて、視覚検査から身長、体重測定とパターン的な検査を終えた。そして、最後にアルコール適性検査だ。左腕の肘ぐらいにある間接のところに注射針を刺し、おそらくアルコールと思われる液体を流し込む。僕の左腕の注射の刺されたところが赤くなれば、僕がアルコールに弱い証拠だ。僕はアルコールにはかなり自信があった。酒をいくら飲んでも、さらに一杯。それができる人間だと思っていたからだ。
「あ、ほんのりと赤いなー」
後ろから佐々木の声が聞こえた。その言葉のとおり、僕の腕はほんのり赤ワイン色に赤くなっていた。
「そうですね、飲み過ぎないように気をつけて下さいね」
係りの人に笑われながら言われてしまった。
「俺なんか、ほれ真っ赤だぜ。んまあ、酒は好きだから関係なく呑むけど」
佐々木は僕の表情の変化など、いっさい気にすることなく声を上げて笑っていた。僕は恥ずかしくなり、いそいそと外に出た。
「ちょっと、待ってよー。チョイ、待てって」
佐々木はワイシャツの裾を下ろしながら、後ろから駆けてきた。
「そんなに酒に弱いのがいやなん? 別に平気だぜ。酒は飲めば飲むほど強くなる。飲めば飲むほど、うまくなる。これが酒っていうもんだ。そうだ、今日、暇か? 今日さあ、ボナパルトっていうサークルの新歓コンパがあるんだけど、一緒に来てくれないか」
佐々木の勢いはすごかった。矢継ぎ早に言葉を繰り出す。僕の返答がイエスであることを信じ切った様子で、佐々木は話を進めた。
「それじゃあ、今日の六時にここの校門で待ち合わせな。よろしく」
僕は一度として行くとは言っていなかった。しかし、佐々木は約束をしたかのように、僕の手を取り、固い握手をしてきた。佐々木の手は厚く、固い手だった。そして、その手が放れると同時に、佐々木は第三校舎の方に走っていった。

 まだ日は短かった。妙なほどに重い色に包まれていく大学が、大学とぴったりと重なって見える。影のように黒く、すさんだ風の吹く中、僕は佐々木の現れるのを、同じようで昼間とはまったく違う校門で待っていた。
「悪い、悪い、あれ、サークルの人は」
佐々木は周りをきょろきょろと見回した。
「あ、あれか。よーし、合流するぞー」
佐々木は僕がいることなどお構いもなく、さっさとサークルの環の中に入っていった。一緒に来てくれ、などと哀願していたわりには、僕がいようといまいと関係ないじゃないか。佐々木のいい加減なところに僕は嫌気がさした。
「ねえ、一年生?」
眼鏡をかけた笑顔の女の子が話しかけたきた。
「ええ、一年です」
「私もそうなんだけど、名前は何というの? 私は一組の米原 梢って言います」
「ああ、俺は近藤雄次。三組です」
女の子に話しかけられたのは、祐子以外であればもう五年ぶりか。
「ねえ、このサークル入るの?」
ちょっと、僕はとまどった。佐々木に強引に連れてこられただけとは言いにくい。かといって、僕はこのサークルがどんな雰囲気かさえもわからない。この際、正直に答えるべきだろう。
「ああ、佐々木っていう、ほら、あそこで女の子相手に大声出して笑っている奴いるでしょ? あれに強引に引っ張られてきただけなんです。だから、ちょっとわからないです。米原さんは、どうなんですか?」
「私はこれから決めるところ。一応、雰囲気が良かったら入ろうかな?だって、サークルやっていない大学生って、すごくダサクない?」
僕はその一言に打ちのめされた。サークルをやらない大学生がそんなにダサイのだろうか? そして、見栄を張るためだけでサークルの一員になるなんて、何か間違っているような気がしたからだ。楽しいから、好きだからサークルって入るものじゃないのだろうか。楽しさがないサークルなんて、入っていても入っていないのと同じだ。
「おお、何難しい顔してるんだよ、行くぞ」
いつの間にか僕の隣にいた佐々木が、僕の手をつかみ動き出した。
「どこへ行くの?」
「だっから、新歓コンパだって。場所は新宿」
日の落ちた大学を後にした。まるで、太陽が闇に流されてしまうように、佐々木に流されるままに僕は。