留守電。恋愛小説「堕天使色」10

何が何やら、僕にはわからなかった。むじなに化かされた猟師のような顔をして、僕はジャンパーを青の針金ハンガーに掛けながら、再生ボタンを足で押した。

「十九時四十八分、一件です。ピー。あの、私、百合です。どうせ、寝てるんでしょ。起きなさーい。ごめん、つい、大声出しちゃった。ちょっと、会いたくなって。もし、これで起きたら、すぐに電話を折り返してください。私、電話の前にかじりついてますから。ピー。」

ユキのニヤケ顔の理由がわかった。同時に、メッセージを聞いてて、僕もにやけてきてしまった。

「うれしんだろ、ほれ、笑顔がこぼれまくってるぞ。俺たちに遠慮しないで、電話しろよ。そうだよねー、猫左右衛門。」

「ニャア。」

僕のいない間に、猫助とユキはいいコンビになっていた。

「電話しなって。遠慮すんなって。恋が冷めちゃうぞ。」

「わかった、わかった、じゃあ、静かにしてろよ。いいな?」

山本小鉄のようにユキに指し、釘を差した。ユキはつまらなそうな顔で、ヘイヘイと答えた。

 酔っていても、このダイヤルだけは間違えるはずがない。僕の指は、打ち慣れているダイヤルを素早くセットした。

「あ、もしもし、丈でーす。電話ありがとー。」

「あのー、どちら、おかけですか?うちは、古賀ですけれど。」

「え、あの、ひょっとして、かけ間違えましたか。どうもすいません、間違えました。」

ピッという電子音が僕をはずかしめる。しかし、そんなことにもくじけず、僕はさっきよりもテンションを上げてダイヤルを打つ。

「ハーイ、ハッピーニューイヤー。丈でーす。ありがとう、君の電話。僕も、君に会いたかったよーん。ん、どうしたのかな?黙っちゃって。」

「どなたですか。お間違いになってませんか。」

それは落ち着いていて、冷めた男の声であった。そして、その声には聞き覚えがあった。百合の父親の声である。一瞬にして、酔いはどこか遠く遠くに隠れてしまった。

「どなたですか。」

再び、声を差し向ける。しかし、さっきとは違い、重みのある声である。

「あ、あの失礼いたしました。私、この間電話を致しました、坂井 丈です。この間は、どうも、カッとなってしまいまちて。」

アルコールのせいか、恥ずかしさのせいかそれとも、動揺のせいか。のどがカラカラなってしまった。唾の出てこない僕の舌はうまく動いてくれない。おかげで、赤ちゃん言葉になってしまった。

「あの、それで、百合さんお願いしたいんですが。」

「そうですか。ちょっと、お待ちください。」

ふー。僕は軽く息をついた。横では、声を必死に押さえながら、ユキが笑っている。腹をよじり、顔を真っ赤にしながら、笑い声を出すまいと唇を真一文字にしている。

「はい。百合です。あ、丈、ごめん、トイレいってる間にかかってきたから、電話にでられなかったのよ。ゴメンね。」

「ああ、いいよ、別に気にしなくって。それより、お父さん、どう?機嫌悪そうにしてなかった?」

「ああ、してた、してた。すごく不機嫌そうに、受話器を押しつけてきたわ。」

「そう、やっぱりね。」

「また、うちのお父さんと何かあったの?」

僕は、さっきのテンションを言いずらそうに、口をそばめながら話した。