ども、百合です。恋愛小説「堕天使色」12

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 二十時二十五分。いまだ、百合は到着しない。あまりに遅いので、どうかしたのではないかと思った。しかし、それは杞憂に過ぎなかった。ノックの音もなく、スーとドアが開いたのだ。外の冷気が僕をドアに意識させる。

「ども、百合です。お電話ありがと、それから、お家に招待してくださってありがと。今日は一緒に飲もうね。はい、これ。」

百合は重そうなビニール袋を僕に手渡した。中身は、朝日スーパードライの六缶セットだった。

「こんな重たい物持って、手痛くなかった?別に、気使わなくても良かったのに。百合ちゃんと僕との仲やないですか。なーんて、とりあえず、いただきますね、ありがとうございます。どうぞ上がってよ。」

百合の華奢な足が僕の家に踏み込んだ。白い靴下が僕のテリトリーに進入していく。胸弾むという感覚が僕の神経を刺激する。

 百合はコタツに入り、寒そうに体をさすっている。やっぱり、外は寒いらしい。春先とはいえ、いまだ冬の残っている夜は百合の体には辛かったのだろう。百合にコップを出そうと、台所に立っている僕はそう感じた。

「どう寒かった、外?」

「ぜんぜーん。ところで、誰かいたの?グラス二つ並んでるんだけど?」

とっさに、しまったという言葉が脳天に浮かんだ。

「いや、それはその、影杯だよ。」

「影杯って?」

不思議そうな顔をして、僕の答えを待っている百合の仕草がたまらなくかわいかった。

「ああ、影杯っていうのはね、記念日とかに、相手が近くにいないとき、相手の分も作ってさあ、一緒に飲んでいるような気分になることをいうんよ。」

「誰と影杯してたの?」

「ああ、あの、ユキっていう、昔の親友の誕生日でな。」

「ふーん。ところで、猫飼ってたんだ。こんなにかわいい猫。」

雨助を見つけた百合は、雨助を抱き上げて、雨助をあやしている。まるで、百合が赤ちゃんをあやし、僕が台所で料理をするという百合と僕との未来予想図だ。

「何飲む?ビール、それとも、ワイン?」

僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、電話が僕を呼ぶ。

「あ、ちょっと待ってて。あい、坂井です。」

「ユキだけど・・・。もう、エエかな?」

「いいも悪いもないだろ。はやく、こい。風邪ひくぞ。」

電話を切ると、僕は影杯の相手であるユキが、突然訪問してきたということを説明した。

「へーすごいねえ。影杯って、遠い人を引きつけたりするんだ。私も今度してみようかな。」

カラクリを知らない百合の中では、ユキの登場は偶然でしかない。しかし、ユキと僕の中では、それは筋書き道理の必然である。ひょっとしたら、偶然と必然とは、いつも紙一重なものなのかもしれない。

 すまなそうに入ってきたユキではあったが、酒が入り出すと、その体を跳ねる酒と一緒にはじけ始めた。それだけならばいいのだが、最初はユキの勢いに圧倒されていた百合が、その駆虎にも勝る勢いをうつされたらしく、覚悟したかのように飲み始めたのだ。おかげで、百合とユキは妙な具合に意気投合している。

「ねえ、ねえ、百合ちゃんはどうして、こんな奴と一緒にいるわけ?」

「こんな奴はないでしょうが。こんな奴は。」

僕は柿の種を口に入れながらつっこむ。

「お前はいいから、ねえ、何で?おじさん聞きたいなあ?」

確かにユキの顔はいやらしいオヤジ顔になっている。しかし、僕にとって、その質問は興味津々であった。