数秒間の沈黙が音を支配。恋愛小説「堕天使色」15

「え、何で?知らないのは、丈のせいじゃないし、代わってくれたのだって、丈のことを、その兄貴分がかわいかったからで。」

「そう、だから余計なんだ。知らないことも自分の責任だと思い込みやがった。自分がいとおしみ、愛し、大事に思う人間が自分の身代わりで死んだんだと思うと、なおさら、自分が知らなくっても、自分の責任だと思わざる負えなかったんだろう。」

数秒間の沈黙が音を支配した。そして、忘れていた時間が音を吐き出し始めた。ユキは話を続けた。

「以来、こいつは、組からいなくなった。生まれ変わったかのように、自分の道を変え始めた。粗暴さや好争心は姿を消し、代わりに冷静さや思いやりを身につけた。勉強も必死になってやり始めた。つきあう仲間さえ、俺を除く全員を捨てた。辛かったんだろうな。俺はジョニーのことをわかっているつもりだった。ジョニーもそれを知っていたようでな。だから、俺だけはこいつのそばにいることができた。」

「でも、何で、東京にきたんだろうね。」

「勝浦が嫌だったんだろう。兄貴分に対する気持ちが重荷になったんだろう。こいつだって、わかっていたんだ。そんな気持ちを、いつまでも整理しないでおくことなんぞ、無意味なことだって。兄貴分に対する気持ちの整理、気持ちの転換のために、新しい生活を始めたかったとしか思えない。」

「でも、それとさっきの涙と何の関係があるの?」

疑問しかない応用のない口調で、百合は口を出した。

「こいつ、百合ちゃんに好きだって言いたかったんだよ。でも、言えない。きっと、こいつから一度も聞いたことないだろ?」

うん、と百合は答えた。

「そう、こいつは怖くなったんだ。自分が好きだと言ったものを失うことを。もう二度と、失いたくないんだよ。だから、好きな百合ちゃんにも言うことができない。兄貴分を失ったことが、こいつのそういう力を奪ったんだ。自分の好きなものを失った後の悲しみを怖れているんだよ。」

息を一つついたユキが、言葉を閉ざした。救急車のサイレンが近づき、そして、遠ざかっていく。

「でも、さっき、百合ちゃんに詰め寄られたときに、ジョニーの好きと言おうとする気持ちが、顔に現れていた。かなり苦しんでいる表情でな。言おうとはしているし、意思もある。でも、まだ、怖いんだよ。失うことの悲しみが、怖ろしくって手が出せないっていう感じなんだ。だから、百合ちゃんに好きって言えなかったとき。きっとその辛さで泣いてるんじゃないかと思ったんだけど、やっぱり涙出してやがった。」

「そういうことだったんだ。ものすごく強い人だって思ってた。でも、そんなことないんだ。少し・・・。」

「少し嫌になったか。」

「ううん、丈の人間らしいところが見えて良かった。丈と二人でいると、楽しい。それになんだか、守られている気分になる。でも、なんだか堅かった。たまに、すごく悲しい風を出すのよ、丈って。丈が時々見せる悲しい表情がそういうわけを含んでいたなんて知らなかったから、それがたまらなく怖かった。明るいんだけど、なんて言うか、暗い。平素の明るさが、たまに見せる暗さにまったくつながらない人だった。でも、今の話を聞いて、なんだかホッとした。トンネルがつながったみたいに、丈が少しわかった。うん、わかったつもりになれた。」

百合の声は最後にものすごく華やかになった。それは春の到来を避ける冬の最後の踏ん張りを、とうとう退けた春の突撃ラッパにも似ている声だった。僕はそんな百合の声がうれしかった。その瞬間、僕の顔は笑い方を思い出した。

「あらあら、笑ってる。しかし、子供みたいね。こうして見ていると。でも、何で、このこと話してくれないんだろう?」

百合は僕の顔を撫でながら、再びユキに尋ねた。

「こいつは自分の弱さはさらけ出すけど、強さは絶対ひけらかさない。そういう男だ。そこが俺を含めたそこらの男とは違うところだ。」

「そうね、そこがこの人のおかしいところだし、良いところだよね。」

「普通は女にモテないところなんだがな。ふははは。」

二人の笑い声が聞こえる。そんな空間の中に、モンマルトルの丘に置かれている石像のように落ち着いている僕がいた。

 笑いが一段落ついた後、ユキはさらに話し始めた。