毛布のごわついた感触。恋愛小説「堕天使色」16

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「でも、いいか?絶対、こいつに好きとか、愛しているとか言わせるんだぞ。じゃないと、こいつ、一生、そういうのから逃げて生きていくことになる。もし、今、本当にジョニーのことが好きなら、そいつだけは頼む。こいつぐらい純情な奴も珍しいからなあ。それを萎えさせちゃいけないよ。俺の先輩に三宅っていう人がいたけど、その人なんかすっごい女好きでさあ、一日に何人ていう女の人に会うんだよ。そして、片っ端から、こんなふうに目を見つめながら口説くんだよ。『一緒にいたい。』てね。その人に比べりゃ、こいつなんかものすごく純情だね。だから、こいつのこと、本当に、ほんとに頼むよ。俺、拝んじゃいます。」

声を落とし、銀色の声でユキは百合に訴えている。僕はさらにうれしくなった。ユキがこれほどまでに、自分のことを心配してくれているのかと思うとたまらなかった。しかし、今度は鼓膜が聴くという能力を忘れてしまった。百合の返事はテレビをミュートにしたように、まったく聞こえなかった。そして、そのまま僕の耳では沈黙が支配していった。

 

 毛布のごわついた感触が僕の背中を刺激する。背中がかゆい。僕はかゆい背中に手を回し、無意識にひっかいた。それが、僕に朝を感じさせた。と同時に、柔らかいものの上にいる自分に気づいた。百合の膝だ。どうやら、一晩中、僕に膝を貸していてくれていたようだ。僕は毛布をかけられ寝入り、百合は壁にもたれかかったまま、朝を迎えたようだった。

「起きた?」

百合の眠そうな、重い声が僕を打った。どうやら、百合を起こしてしまったようだ。

「ああ、ゴメン、何か昨日、膝の上で寝ちゃって。冬眠状態の熊みたいだね。スマン、スマン。」

「ん、ん、うん。別にいいよ。それよりも、私、足がしびれちゃって。横になってもいーい?」

ニコリと微笑んだ。そして、僕が今度は膝を差しだし、百合の枕になった。

 緩やかな時の流れが僕たちのまわりに起きている。百合のつぶった瞳は、触ってその感触を試してみたくなるほど、柔らかそうである。そして、膝から上がってくる百合の髪のにおい。スーッと、百合の香りが僕の鼻に昇ってくる。もし、その香りが僕を包まないとすれば、何を包むというのであろうか。そして、僕がその香りを包もうとしなければ、どこにその香りは漂っていくのであろうか。いや、けっして誰にもこの香りを包ませまい。僕がこの香りを漂わせない。僕だけにまとわりつく、そんな香りにしてみせる。静かな朝とは対照的に、僕の胸は激しい決意が宿っていた。

 おとなしい朝はおだやかさと、温かさ、そして、僕に決意をもたらし、そのさわやかな目の切れ間に僕をおいていった。百合が僕の膝に頭を載せ、安心して寝ている絵は、僕の頭の中に美しく、そして永久に描き残された。それは虹でも太陽でも、そして、億千もの星でも交換できない絵だ。

 幻想の中の僕を、ガリガリという物音がとらえる。そんな音が僕の視線を物音の方にむかせた。物音の主は、雨助であった。雨助が例によって、外に出たがって、窓ガラスのサッシをひっかいているのだ。

「ゴメンな。今、俺は百合の枕なんだ。だから開けてやれないよ。」

「ニャア。」

「おいおい、出たがってんじゃねえのか。出してやれよ。うるさくて、永久に眠れやしない。」

体を起こさず、面倒くさそうに、ユキが声だけを放つ。

「おい、ここで死ぬんかい?」

ツッコんだ瞬間、ユキの上体が起きあがった。僕とユキが顔を見合わせて笑う。

「どうしたの?地震?」

笑いの振動が百合を起こしてしまった。

「ああ、ゴメン、ゴメン。久しぶりに息ぷったりなネタができてなあ。うれしんでやんすよ。」

ユキが大きくうなずき、そして、窓を大きく開け放った。

「ニャア。」

雨助は急いで出ていった。まるで、不思議な国のアリスに出てくる、時計を持った紳士ウサギだ。

 「さあてと、みんなで出かけますか。それぞれの道に。」

ユキが玄関先で大きな声を張り上げている。グズグズしている僕をせかしているのだ。見つからない部屋の鍵を探すのをあきらめ、僕はとりあえず、冷蔵庫の中のキムチの瓶の中に隠してあるスペアーのキーを取り出し、その部屋を封印した。

「で、お前、今日どこ行くんだ?」