二杯目のプチショコラ。恋愛小説「堕天使色」17

「ああ、俺は・・・。」

「バイトでしょ。」

すばやい百合の言葉。予定を知っていてくれたその言葉が、僕に天使の鐘を響かせた。パアッと聖歌合唱も聞こえる。

「そう、そのとおり。俺はバイト物語なのでーし。ユキはどこぞに行くんだ?」

「ああ、俺か、うんまあ、お前ら見てたら、自分の部屋を探しに行こうかなあと思ったわけだよ。うん。」

自分の言葉を咀嚼しながら、自分で飲み込んでいる。昨日までの、あのかたくなな居候するぞ、という宣言はどこに飛んでいったのか。履きつぶれた靴を見るように、僕はユキの顔に視線を投げた。すると、なぜか、僕もユキにつられて、うむうむと首をふってしまった。

「そうか、じゃあ、ここでお別れといきますか?俺たちはバイクで仕事先に行くから。」

僕は考え深げに首をふり続けているユキに一言いい、その場を後にした。

 その日、バイト先に行くと、僕のシフトは短くなっていた。店長が僕の体を気遣ってくれたようだ。うれしかったが、僕が一人バイトを終えても、百合が終わるまでは待たなければならない。店長に、体はもう平気だからと言い、僕はどうにかシフトを長くしてもらおうとした。だが、店長はどうしても休めの一点張りで、そのまま押し切られてしまった。仕方なく、僕は百合よりも二時間早くバイトを終えた。そして、近くのドトールで、百合のバイトの終えるのを待った。

 外は暗くなり、人通りが少なくなった。車だけがせわしく流れていく。僕は窓側に腰をかけていた。そして、昨日の夜のことを思い、プチショコラを口に運ぶ。ユキが話していたように、僕は、あのとき、百合に好きという一言を告げようとしていた。愛しているという気持ちを伝えようとしていた。しかし、できなかった。それは、まだ、僕の中で、兄貴への気持ちの整理がついていない証拠だし、ユキの言ったとおり、自分の愛するものを失うことへの恐怖のせいだ。だが、百合に僕は好きだと言わねばならない。言わねば、それは一生の逃げになる。もう、これ以上、自分をごまかして逃げたくなかった。好きと言えば、遠くに離れていってしまいそうな、そんな風船のような関係ではないはずだ。僕たちはいくつもの時間を共有して、そして絶え間ない視線のやりとりをして、見えない愛しさを紡いできたんだ。今、それを具現化するのに、僕の勇気が必要なんだ。今日、言おう。僕の心は決心で、炎立っていた。

 二杯目のプチショコラが、僕のテーブルに運ばれてきたとき、百合がドトールに入ってきた。少なからず疲れた顔をして、僕の目の前にゆっくりと腰を下ろした。そして、店員にフレッシュオレンジと言い、一連の動作を見続けて一言も発していない僕に口を動かしてきた。

「疲れた?」

自分のことより、相手のこと。百合の優しい気持ちは言葉になって現れた。

「自分のことを考えなよ。俺より、もっともっと、疲れたっしょ。全然、昨日寝てないもんなあ。」

「うーん、確かにちょっと疲れたかな。ところで、今日も泊まってもいい?今から家に電話をして、ちゃんと許可とるけど。」

百合はよくわかっていた。百合が無断外泊をして、親に心配をかけさせたくないという考えを、僕が持っていることを。

「許可とるんなら、別にかまわないけど。今日はちょっと、しておきたい話もあることだし。」

「話って、なーに?」

「さてね。冒険野郎マクガイバーにでも聞いてみな。さもなきゃ、超人ハルク。それでもわかんなきゃ、金田一耕助。まあ、とにかく、フレッシュジュース飲んだら、家に帰ろうぜ。話と、メシはそれからだ。おっと、オットセイのヒレの輝きもな。」

すると百合は、一分でも惜しがるサラリーマンのように、ジュースをキャンセルして、プチショコラの泡を口のまわりにいっぱいつけている僕をせかして、ドトールの外に出ていった。僕たちがドタドタとあわただしく出たドトールには、また、百合が入ってくる前のシックな静けさが戻った。