渡辺美里の音楽をひとりで聴く。恋愛小説「堕天使色」18

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 台所に立ち、僕は暇な冷蔵庫からミルクを出した。透明なコップを二つ携え、僕はコタツにゆっくりゆっくりと歩んだ。

「ちょっと、この牛乳。賞味期限だいじょーぶ?」

「あん、だいじょーぶ、だいじょーぶ。この間、雨助も飲んで平気の平左な顔してたから。」

白い液体を透明なコップに注ぎ込む。会話のとぎれた二人だけのこの部屋には、液体の躍動音だけが伝わる。

「話ってなーに?」

「昨日、ユキが話していた俺の話の続きを、俺様が直々にしようと思ってな。」

「え、何のこと?」

「何のことって、お前。昨日、ユキが酔った勢いで俺の昔話してたろ?俺が元ヤクザだった話・・・。」

百合は不思議な顔をして、僕の顔を見返した。僕は僕でわけがわからなかった。確かに昨日、ユキが余計なことをベラベラと百合に吹き込んでいたはずだ。それなのに、そのことをいっさい百合は、覚えていないというのか。それとも、昨日見たあれは、またもや最近見ている夢変なの一つなのか。

「ちょっと、どういうこと?ちゃんと話してよ。何を言いたいのか、わかんないじゃないの。だいたい、あなたのその昔話って何?」

「本当に知らないのか。本当にユキに聞いてないのか。俺が元ヤクザだった話とか。後は、急に東京出てきた話とか。」

「ううん、知らないわ。あなたが寝た後、ユキさんもすぐに寝ちゃってさあ。私は一人音楽聞いてたのよ。あなたの、このプレイヤーに入っている渡辺美里のヤツ。」

どうやら、昨日のは、僕の夢だったようだ。ふーと息をつき、僕は肩の力を抜きはなった。さっきまであった緊張感が一気に消え去った。愛を百合に言わねばならないという強制感が知らず知らずのうちに、僕に重圧となっていたようだ。愛を伝えることはいつでもできる。僕は、今度でいいと思い直した。

「ああ、そう。話っていうのは、他でもない。所ジョージの音楽センスについて何だけどね・・・。」

 翌朝、僕は百合を起こすことなく、僕の部屋を出た。百合に、豪勢かつ、最高の朝食を食べてもらいたいがために、僕は近くのスーパーまで料理の鉄人並みの食材を買いに行った。ただ、起きたときに僕のいないことに、驚いてもらっては困るので、置き手紙をしていった。

(真実の食事を作るために、君という食材を活かすために、僕は陳腐な肉や野菜を買いに行ってきます。帰ってくるから、それまでよだれ垂らしてまってろ。)

相も変わらず、いい文句が思いつく。これはかなりイケテル。黒いバイクの上の僕はそう信じていた。

 玄関を開けると、そこには百合の青いスニーカーはなかった。代わりに、セーターの毛玉大の猫の毛が落ちている。百合は帰ってしまったようだ。部屋の中には百合の鞄はなく、その代わりに、机の上に私は帰るといったメモが載っていた。そして、百合の寝ていた場所に、百合の代わりに雨助がごろりとなっていた。どうやら、百合は雨助を代わりにおいていったようだ。

「おいおい、雨助。王女様を帰しちゃったのか。ダメじゃないか。まあ、いいか。メシ食うか、猫の彼女。」

「ニャア。」

疲れた顔と声を出して、苦笑を雨助に投げかけた。僕は残念だった。百合と朝の憩いができなかったこと。百合に僕の料理を食べてもらえなかったこと。そして、百合に愛を手渡すことを先延ばしにしてしまったことを。外の青空は、僕の心を知ってか、知らないでか、その青さを深めていく。