雛のいる親ツバメのようなその速さ。恋愛小説「堕天使色」19

 夕方、膝に抱いていた雨助が外に出たがっていたので、外に出してやった。雨助の出ていく姿を見たら、自分も急に外に出たくなった。僕は単身、バイクにまたがった。何ともいえないモヤモヤを切り裂くために、僕は急にどこかの静かな海に行きたくなった。海とにらめっこをしたくなった。

 雛のいる親ツバメのようなその速さで、僕は南へ、西へと吹かれていった。何かにとりつかれたかのようにスピードを出し、何かを欲しがるかのように前に突き進んだ。一度も、止まることなく僕は駆けていった。夕日は僕と追いかけっこをせずに、水平線の端に隠れてしまった。

 気づいたら、僕は久しぶりに故郷の勝浦の海に戻っていた。バイクを降り、闇によって、過去と現在の変化を消している海の前に腰を下ろした。そして、砂を手につかみ、海に向かって何度も、何度も、赤ん坊が泣くように、それが生きている証拠のように、僕は投げ込んでいた。押し寄せる波はその砂を飲み込んでは連れ去り、飲み込んでは連れ去っていく。そんなことお構いなく、砂の投げ込みを続けた。しかし、ラッシュラッシュの海風が僕の顔を、徐々に徐々に地面へとうつむかせていった。それにつれて、僕の投げ込みは電源を止められた。

 隣に誰もいない。その寂しさを思う。しかし、今の時間を刻む細い秒針が一つ動く瞬間、心の中で嘘をついている自分に気づいた。そう、誰かではない。百合がいないのが寂しいのだ。狂おしいくらい。自分の心を偽り、百合への気持ちを素直に表に出せない僕は孤独の寂しさに耐えるしか、それしか方法がないはずなのに、僕はそんな状態がたまらなく辛かった。いっそ、孤独なんて辛い楽器、持つべきじゃなかった。だが、口に出すことは、もう、軽々と口に出すことはやめようと誓った、そう、あの兄貴の死んだ日のことが、百合を愛し、百合との愛を具現化したい僕の動きを束縛する。どうにもできない。どうすればいいのかわかっていても、それに踏み込むことができない。僕は海に叫んだ。いや、海にではない。おそらく、届くはずのない兄貴に向かって吼えたのだ。そして、声が枯れそうなほど高笑いした。無茶な咆吼をした自分の愚かさと、そして、百合に好きだと言えない自分の弱さを笑うために。そんな自分を癒すために。

 月明かりを背に浴びながら、僕は再びバイクにまたがった。ちぎれそうな月は僕を見守る母のように僕を照らしていた。

 僕のバイト先の前に、一台のバイクが止まった。そして、そのバイクから降りた男は、迷うことなく、事務室に入っていった。

「おや、どうしたの、坂井君?今日はシフト入ってないよね?」

「ええ、入っていません。でも、店長とお話ししたくなって。少し、お時間よろしいですか?」

「ああ、かまわないが。じゃあ、そこに座りたまえ。ドアを閉めれば、音は漏れないから。何か辞職の話でもあるのかね?」

「ええ。店長はどうしてこの職業をお選びになったんですか?」

「ああ、いつかきっと、君には聞かれると思ったよ。君は何か冷たいものを心に住まわせている。それが、時折、冷たく顔を出す。その君の中にある冷たいものが、それを聞きたいと言い始めたのだろう。話そう。その前に、君は愛の本当の意味を知っているか。」

「・・・・・・守ること・・・ですか。」

鼻で笑うように、店長は言った。

「愛とは、相手を守ること。うん、確かにそれも意味の一つだろう。だが、私はそうは思わない。愛は守ることだけじゃない。常に、守られることでもあるんだよ。私が妻を愛するということは、私が妻を守ると同時に、妻に守られることなんだ。そして、その二つがそろって、初めて均衡な愛の形を作れるんだ。その形はどこでも誰にとっても不変だろう。そして、その中に、必ず、存在するものがある。言葉と、気持ちと、それに相手の守りに身を任す勇気。特に、最後の勇気は必ず要る。難しいだろうなあ、君には。自分の身は自分で守るというタイプだからなあ。だが、この相手の守りに身を任すことが、どんなに勇気の要ることか。守る相手には何があるかわからない。自分のことなら、幾分かは予想もつこうが、まったく人の無事は予想がつかない。特に、気持ちなんてものは千変万化する。だから、愛する人間を失うこともあるし、それによって自身が崩壊することもある。だが、身を任せられる勇気っていうやつは、あなたに任せますっていう証明なんだ。最高の信頼を示しているんだ。それは愛を交えたパートナー間でしか芽生えない。だから、相手の守りに身を任せる勇気というものは、愛の意味の重要なことなんだ。」