妄想恋愛小説「堕天使色」3

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妄想恋愛小説「堕天使色」3

威厳のある重い声が受話器を伝わってきた。だが、声と心の中は裏腹なのであろう。きっと、あわてた対応の僕を笑っているに違いない。僕には百合の父親の面白がっている顔が容易に想像できた。今の僕は、テレビ電話で会話をしているようなものであった。

「私はそんな話を聞いたことないがね。」

すべてお見通しというような、天井から悪人を見下ろすエンマ大王のような声である。

「いえ、あの、私、嘘をつきました。」

「嘘はいかんねえ、嘘は。で、本当は、どこで百合と知り合ったのかね。」

「はい、あの、アルバイト先で。」

「というと、君はデニーズで働いているのか。大の男がそんなところで働くのは感心せんなあ。」

大きなお世話だと思った。僕はファミレスで働くことがわりと好きなのだ。家族でご飯を食べに来てくれるお客さんや、ただダベリに来るだけのカップル、一人静かに一服に来るサラリーマン。みんな、ものすごく幸せそうなのだ。人様の幸せとはいえ、幸せを見ることができるこの商売が、僕は大好きなのだ。それに、僕と同じような目でお客さんを見ている、僕にとっては同士ともいえるような店長もいる。同士のような上司のいる店。働く者にとって、一番働きがいのあることではないか。そのようなことをわかりもしないで、感心しないと言う百合の父親に、怒りさえ僕は覚えていた。左手にはゲンコツが握られていた。

「そうですか。僕はこのアルバイトが気に入っているんです。確かに、男のやるようなかっこのいい職場とはいえません。お金もあまり稼げません。でも、楽しいんです。働いていて、ものすごく幸せな気分になれるんです。お父さんは、会社で人事なんて仕事をしていて、そんな気持ちになることがありますか。」

ムキになって言ってしまったが、言ったあとに、僕は口をふさいだ。実際、言うべきではなかった。そんなことを若造に言われて、本気になって答えるような出来た人間など、そうはいまい。

「・・・・・そうですか。じゃあ、またあとで、百合にかけ直してやってください。では、失礼いたします。」

「いえ、あの、その、こちらこそ失礼いたします。」

一言でも、その失言を謝りたかった僕ではあったが、そのたった一言がいえなかった。早々に切られてしまった。受話器を持ったままの姿勢で、僕はボーゼンと立ちつくしていた。

ベットに戻ってきても、なにやら気持ちが落ち着かなかった。やはり、さっきの電話はまずかった。つい、カッとなってしまったとはいえ、年輩者に言うべきことではなかった。頭の中では、百合の父親に嫌われたという文章が駆けめぐっていた。

気持ちの晴れない僕は、気晴らしに外に買い物に行くことにした。もっとも、買い物といっても、近くのローソンまでである。僕は手短に身繕いを済まし、ドアに鍵をかけた。

百合にもらった金のミッキーマウスのキーホルダーを指に引っかけ、それを振り回しながら暗くなった道を歩く。誰も通らないこの道。誰一人いない道。たとえ、ここでジム・キャリーのまねをして、舌を口から出してぶらつかせる芸をしても、誰も気づかないし、誰も笑わない。そんな道を僕は支配していた。

けれども、ゆっくり歩いているわけではなかった。傘のない僕には、春の重々しい雨は耐えられなかった。だから、速歩きで、僕はローソンまで向かっていた。

ローソンに入ると、くしゃみが一つ飛び出してしまった。やはり、雨のせいで体が冷えてしまったのだろう。身震いをしながら、傘を持たずに出た自分を恨んだ。しばらく店内にいて、体を温めなくちゃと思い、雑誌売場の前に足を進めた。すると、そこには星野が立ち読みをしていた。星野はこちらに気づいたらしく、さも、来ることがわかっていたかのように、挨拶をしてきた。

「オス、どう、調子?」

これが、星野トークの基本形である。まずは、これから彼のトークは始まる。

「ああ、ちょっと寒い。」

「なんだあ、風邪か?体暖めに酒でもいくか?」

星野は異様に酒を飲むのが好きな男で、なにか事がある度に酒を喰らっていた。それも、尋常の量を飲むのではない。酒を水としか思っていない節がある。また、星野は飲むと、必ずといっていいほど大騒ぎをした。昔、星野と僕と新田で飲みに行ったとき、星野は飲みに行った店の看板を残らず全部持って帰ったのだ。そのときのことを覚えている僕は、即座に拒否をした。それに、僕は今、とても酒を飲む気分にはなれなかった。

「何だー、つきあい悪いな。ジョニー。なんか理由でもあんのか?」

「いや、気分がのらないんだ。」

僕は目を落とした。

「何で?何で?何でやの?あたしたち出会ったの、間違いだったの?」

身をくねらせながら、猫なで声を出す。体のでかい割には、このようなネタをやるから星野は、いつもみんなから喝采を受けていた。しかし、コンビニという場所柄を考えてやってほしかった。

「間違い。」

僕は即座に投げ返した。

「速いわー。相変わらず、荒野のガンマンやね。」

「はいはい。で、お前、何してんの?」

「俺か、俺は立ち読み。明日さあ、岬ちゃんと車で富士急ハイランド行くのよ。で、その道を下調べしとこうかなあと思ってね。結構、大変なんだぞ、女の子見つけるの。お前みたいに容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能じゃないからなあ。ホント、ジェラシーアンドジェラシー燃やしちゃうよ。」

「あのな、俺みたいに一人の女だけを好きになれば、そんなことする必要もないの。お前、ぷらぷらしてるから。それに、全然大変そうじゃないじゃないか。下調べに来たとか言って、今開いている雑誌は何だ。パチンコ七十七じゃないか。お前、趣味の時間じゃないのか、今は。」

「いや、違う。趣味の時間じゃなくって、実益の時間だ。」

偉そうに落ち着いた星野の態度に、僕はあきれてしまった。