妄想恋愛小説「堕天使色」4

妄想恋愛小説「堕天使色」4

「間違い。」

僕は即座に投げ返した。

「速いわー。相変わらず、荒野のガンマンやね。」

「はいはい。で、お前、何してんの?」

「俺か、俺は立ち読み。明日さあ、岬ちゃんと車で富士急ハイランド行くのよ。で、その道を下調べしとこうかなあと思ってね。結構、大変なんだぞ、女の子見つけるの。お前みたいに容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能じゃないからなあ。ホント、ジェラシーアンドジェラシー燃やしちゃうよ。」

「あのな、俺みたいに一人の女だけを好きになれば、そんなことする必要もないの。お前、ぷらぷらしてるから。それに、全然大変そうじゃないじゃないか。下調べに来たとか言って、今開いている雑誌は何だ。パチンコ七十七じゃないか。お前、趣味の時間じゃないのか、今は。」

「いや、違う。趣味の時間じゃなくって、実益の時間だ。」

偉そうに落ち着いた星野の態度に、僕はあきれてしまった。

「それはそうと、白百合印の百合ちゃん元気か?」

「うん、元気だよ。あのノーテンキ娘が風邪ひくかよ。でもさあ、今電話で、親父さんに喧嘩ふっかけた感じになっちゃてさあ、もう、頭痛いよ。」

僕はいきさつを簡単に星野に説明した。

「お前らしくもなく、カッとしたか。珍しいなあ。でも、まあ、男はそれぐらいの意気がなくちゃダメだ。よく言ったよ、これで、百合ちゃんとダメになっても、それはお前のせいでも百合ちゃんのせいでもないよ。運命ってやつだ。」

他人事だと思って、やたら正論をまくしたてる。わかりきっていることを連呼するので、僕はムッときてしまった。

「あのなー、俺は百合ちゃんと別れる気もないし、親父さんともダメになったと決まったわけじゃないんだからな。」

「でも、ダメかもしれないんやろ?」

やたらしつこく星野が攻めてくる。こっちがムキになっていることに気づいて、図に乗っているのだ。それは、僕にもわかってはいた。わかってはいるのだが、星野に言われる度に、僕の胸には不安が累積していった。

「そりゃあ、なあ、未来のことだから、絶対とは言い難いしなあ。確かになあ・・・・。」

口ごもらざる負えない僕が、僕は身を裂きたくなるほど嫌だった。

「別れるんやったら、俺のところ電話かけてきな。お前のこともきっちり慰めてやるよ。」

「ちょっと待て。お前のこともって、他に指しているのは、百合ちゃんのことじゃあないだろうなあ。」

急にまじめな顔を作り、星野は口を動かした。

「当たり前じゃないか。あんなにかわいい子いないでー、最近。」

僕は思わず苦笑いをしてしまった。本当に、星野は何を考えているかわかったものじゃない。

ローソンでほのかピンクのビニールがさとカップ麺三つ、それにマルハの魚肉ソーセージ四本セットを買った僕は、雨と暗がりに満ちた道路で、買ったばっかりの傘をパッと差した。行きとは逆に、今度はゆっくりと歩き始めた。さっきよりも、雨足が弱まったことも加わって、まわりを見る余裕を持つことができた。キャバレーの立て看板やら、朱塗りのポール、それに灰色のブロック塀。昼歩けば、必ず繰り広げられている光景が、いつも見える空間がそこには存在していた。けれど、急いでいた行きには見えなかった。夜の闇というものは、不思議なものだ。あるはずのものを闇が覆い、ないように感じさせる。

しかし、実際に行きの道にも、そして、昼間にも見えないものが目の前に現れた。一匹の白い猫だ。目についたとき、僕は驚いた。白い着物を着たおばあちゃんかと思ったからだ。だが、猫と気づくと、なぜか雨の中を座っている猫に興味を持った。ふつう、毛が濡れることを嫌う猫は、雨中に、外には出たがらないものだ。それなのに、この白い猫は雨を厭うこともなく、外にいる。しかも、小気味良さそうに。

「あーあ、、こんなに濡れちゃって。風邪ひくぞ。お、結構重いなあ。」

首を抱えた僕の手に、異物を触った感覚がした。小さな金の鈴だ。どうやら、飼い猫らしい。飼い猫なのに、雨の中を外に出るなんて、いっそう不思議だ。興味という渦が、僕を巻き込み始めた。

もしかしたら、この猫、ものすごい金持ちの家の猫だったりして。猫を抱き上げ、僕はのどをごろごろやりながら、一人勝手な妄想を始めた。

「どうだ、ご主人様はどんな人だ?金持ちのお嬢様か。それとも、土地持ちのおばあさんか。」

「ニャア。」

猫が返事をした。どうやら、かなり、人になれているようだ。

「しかし、お前さあ。こんなところいたら風邪ひくぞ。どうだ、今日は、家に来るか。俺んとこはいいぞ。俺だけだからなあ。孤独の王様、ロンリーハートちゅう奴だ。俺が王様、お前が大臣、そんでもって、百合が王女様ってな。」

つい、口に出してしまう百合という単語。音に出したことに気づいた僕は、なぜか恥ずかしくなってしまった。照れ隠しに、猫のヒゲを引っ張る。

「お前の名前は、そうねえ、とりあえず、どうするかなあ。うーん、帰るまでには考えてやるからな。」

「ニャア。」

ニャアとしか鳴かないが、絶妙なタイミングで鳴くこの猫が、とてつもなくかわいく感じられた。

アパートの階段を静かに上り、自分の王国に着いた。