ドリアン登場!恋愛小説「堕天使色」5

ドリアン登場!恋愛小説「堕天使色」5

しかし、実際に行きの道にも、そして、昼間にも見えないものが目の前に現れた。一匹の白い猫だ。目についたとき、僕は驚いた。白い着物を着たおばあちゃんかと思ったからだ。だが、猫と気づくと、なぜか雨の中を座っている猫に興味を持った。ふつう、毛が濡れることを嫌う猫は、雨中に、外には出たがらないものだ。それなのに、この白い猫は雨を厭うこともなく、外にいる。しかも、小気味良さそうに。

「あーあ、、こんなに濡れちゃって。風邪ひくぞ。お、結構重いなあ。」

首を抱えた僕の手に、異物を触った感覚がした。小さな金の鈴だ。どうやら、飼い猫らしい。飼い猫なのに、雨の中を外に出るなんて、いっそう不思議だ。興味という渦が、僕を巻き込み始めた。

もしかしたら、この猫、ものすごい金持ちの家の猫だったりして。猫を抱き上げ、僕はのどをごろごろやりながら、一人勝手な妄想を始めた。

「どうだ、ご主人様はどんな人だ?金持ちのお嬢様か。それとも、土地持ちのおばあさんか。」

「ニャア。」

猫が返事をした。どうやら、かなり、人になれているようだ。

「しかし、お前さあ。こんなところいたら風邪ひくぞ。どうだ、今日は、家に来るか。俺んとこはいいぞ。俺だけだからなあ。孤独の王様、ロンリーハートちゅう奴だ。俺が王様、お前が大臣、そんでもって、百合が王女様ってな。」

つい、口に出してしまう百合という単語。音に出したことに気づいた僕は、なぜか恥ずかしくなってしまった。照れ隠しに、猫のヒゲを引っ張る。

「お前の名前は、そうねえ、とりあえず、どうするかなあ。うーん、帰るまでには考えてやるからな。」

「ニャア。」

ニャアとしか鳴かないが、絶妙なタイミングで鳴くこの猫が、とてつもなくかわいく感じられた。

アパートの階段を静かに上り、自分の王国に着いた。

「さて、着いたぞ。ここがなあ、俺とお前と、それに王女様のアイランドだ。」僕は猫を僕の胸から放してやった。猫は絨毯に舞い降りて、早速、部屋の中の探検を開始した。しかし、その探検もすぐさま終焉を迎えた。コタツ布団の上に腰を落ち着かせた。狭い部屋だから、これは仕方がない。

「ドリアン雨助。お前の名前、これなあ。いいか。」

「ニャア。」

本当に絶妙なタイミングだ。

「ドリアン雨助、飯だ、飯。腹減ってんだろう。それに、毛も乾かさねばなるまいぞ。さあ、太郎冠者、こっちに来たれい。やあ、来たれい。」

狂言で使われていた言い回しが、ふっと頭をよぎったのだ。

「ニャア。」

ドリアン雨助は一つまた鳴いた。でも、僕には「あいや、待たれい、あいや、待たれい。」と言っているように聞こえた。

食事を一緒にとり、体毛を乾かす。気持ちよさそうに、ドライヤーの温風にドリアン雨助のヒゲがなびく。もっとも気持ちよさそうなのは、ヒゲだけではなかった。雨助自身も気持ちよさそうに僕に身を預けていた。

眠くなった僕は電気を消し、ベットに潜り込んだ。もちろん、ドリアン雨助も一緒にである。

「さあて、寝るとすっか。お前のこと、蹴ったらごめんな。」

「ニャア。」

その夜、まるで新婚の夫婦みたいに、僕らは肌をすり寄せながら眠った。何かが近くにあって欲しかったのだ。僕の心が傷ついていたからかもしれない。

気づいたら、僕は満開の桜の中にいた。緑の草の上の赤い敷物の上にあぐらをかき、ヒラリヒラリと空気に流れるピンクの桜を見上げていた。膝の上には、ドリアン雨助がいた。僕は雨助の背中を止めることなく撫でていた。

と、後ろから、百合が白無垢姿で近づいてきた。僕はいつものように手を上げ、YMCAの文字を宙に描き、こっちこっちというふうにサインを送る。空を浮くような感じで、スーと百合が近づいてきた。そして、そのしわのほとんど見えない唇で、百合は言葉という琴を奏で始めた。

「ああ、丈。私たちって、ロミジュリね。」

きょとんとした僕を、あなた本当に愚鈍ねといった表情をした百合がにらむ。

「ロミオとジュリエットの略でしょうが。そのくらい、わかりなさいよ。それで、ああ、私たち、ロミジュリね。愛するあなたとは結婚できずに、父の勝手な約束のせいで、私はあなたの友達の星野さんと結婚しなくちゃならないの。」

何と言っていいか、わからなかった。しかし、驚愕は隠せない。雨助を撫でる手が止まった。

「いいの、こんなのって。あなた、私を奪ってくださって。早く、私を奪い、どこぞに連れていってください。」

言い終えるとすぐにまた、スーと、百合は僕のいる赤い敷物から離れていった。

おい、待てと言いたかった。しかし、声が出ない。さらには立って、追いかけようとした。でも、足がしびれているのか、あぐらをかいた姿勢から少しも動かすことができない。どうにか動かそうと、僕は足に目一杯の力を込めた。そう、それは大地を割り、マグマの沸騰さえも抑えつける力で。日清のカップヌードルの豚キムチ味のふたさえも、その振動で開けることができるほどの力で。

しかし、力を出し過ぎた。その力の入れ方は足のつりを誘った。その痛みが、僕を僕の部屋に連れ戻した。

「ああ、つる、つる、つる。ヘルプ ミー。」

自分の部屋の誰もいないベットの上で、大きな声で叫んでしまう。つりは収まったが、僕は恥ずかしかった。雨助はベットから飛び出して、大騒ぎをした僕をなんだ、こいつはといった顔で眺めている。夢の中でも力を入れると、このように現実でも力が入るとは知らなかった。今度からは、気をつけねば。

しかし、夢とはいえ、後味の悪い、まるで生クリームと生ぬるいビールを一緒に飲まされたような夢だった。確かに、昨日は百合の家に電話をすることをすっかり忘れてしまっていた。それだからといって、百合が僕から遠ざかるとは思えない。そうはわかっていても、このような夢は気になるものである。

「ニャア。」

「おー、どうした?腹でも減ったか?」

「ニャア。」

見てみると、雨助は、しきりと窓に向かって上下に手を動かしている。


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