子猫!恋愛小説「堕天使色」6

子猫!恋愛小説「堕天使色」6

しかし、力を出し過ぎた。その力の入れ方は足のつりを誘った。その痛みが、僕を僕の部屋に連れ戻した。

「ああ、つる、つる、つる。ヘルプ ミー。」

自分の部屋の誰もいないベットの上で、大きな声で叫んでしまう。つりは収まったが、僕は恥ずかしかった。雨助はベットから飛び出して、大騒ぎをした僕をなんだ、こいつはといった顔で眺めている。夢の中でも力を入れると、このように現実でも力が入るとは知らなかった。今度からは、気をつけねば。

しかし、夢とはいえ、後味の悪い、まるで生クリームと生ぬるいビールを一緒に飲まされたような夢だった。確かに、昨日は百合の家に電話をすることをすっかり忘れてしまっていた。それだからといって、百合が僕から遠ざかるとは思えない。そうはわかっていても、このような夢は気になるものである。

「ニャア。」

「おー、どうした?腹でも減ったか?」

「ニャア。」

見てみると、雨助は、しきりと窓に向かって上下に手を動かしている。

「おお、そうか、そうか。ご主人様のところに帰りたいんだな。わかった、わかった。もう、雨の日に外には出んなよ。じゃあな、雨助。」

僕は雨の降っていないことを確認して、窓を開けてやった。

「ニャア。」

一躍して、窓を飛び越え、雨助は、僕を一人部屋に残したまま出ていった。部屋はいつもの僕一人の空間に戻った。しかし、それに気づかない僕は夢のことで頭がいっぱいであった。昼過ぎにバイトに出かけるまで、僕はずっと何もせずにベットの上にいた。開きっぱなしの窓から、生暖かい風が入り、カーテンをそよがし続けていた。

手につかないバイトを終え、僕は部屋に戻ってきた。部屋は雑然としていた。何の変わりもなく、そして、僕しかいない部屋のままだった。昨日はいた雨助が、今日はいない。何となく物足りなかった。慣れきっていた孤独だけが胸を締め付け、僕を苦しめた。

そんな空間を脱却するために、僕はコンビニに出かけた。何となく、雨助に会えるような気がしたからだ。だから、僕は昨日と同じものをまったく同じように買い、同じ持ち方、同じ道のりで、帰りの家路を歩んだ。

すると、不思議なことに、いや、僕にとっては当然のことだが、雨助が僕の目の前に現れた。昨日とまったく同じ場所に、雨助はいたのだ。

「おお、雨助。ドリアン雨助よ、ここで会ったが、百年目。お前を逮捕、そして強行連行する。」

そういいながら、僕は雨助を抱き上げた。

「ニャア。」

雨助は抱き上げられても、まったくあがらう素振りを見せなかった。それどころか、抱き上げられるのを待っていたかのように、僕の腕に爪を立てて、しっかりとしがみついている。残りの帰り道、僕は、必死な様子でしがみついている雨助の感触を楽しんでいた。

「ほーら、着いたぞ。」

僕はすぐに部屋の中に雨助を放した。スルスルと僕を降りて、雨助は部屋の中を歩き回った。

「ん、どうした?電話か、電話がどうした。」

「ニャア。」

電話の前に座り込んで、雨助はしきりと電話器を気にしている。手を伸ばしてはいるが、受話器とじゃれるのでもない。僕に受話器を取るように促しているようであった。

「電話をかけて欲しいのか。それとも、お前がかけたいのか。ん、猫語で電話をかけても、いたずら電話扱いされるのがオチだぞ。」

「ニャア。」

手を電話器に向けて、受話器を招いている。

「わかった、わかった、こうか?」

僕は受話器を取って、耳に当てて見せた。すると、満足げに雨助は鳴いて見せた。

「ニャア。」

僕はそのとき、とっさに思い出した。僕が昨日百合に電話をすることを忘れていたことに。

「忘れてた。何かの用で、百合に電話をしようとしてたんだよな。賢いぞ、お前、教えてくれるなんて。ソーセージ一本追加。それに、後で人間の極楽の素、ビアーを飲ませてやるからな。」

受話器を取ると、僕はすぐに、百合の家のダイヤルを押した。

「あの、坂井と申しますが・・・。あ、百合か、久しぶり。どう、元気だったか?それにしても、お前んとこの親父さん、結構しつこかったぞ、昨日。ありゃ、ソ連兵以上だなあ。ランボー三で俺が戦った相手より、強敵だわ。」

「久しぶりじゃないでしょ・・・。そう、うちのお父さん、心配性というか、私がかわいくて、かわいくて仕方ないのよね。」

「そりゃ、そうだ。こんなに美しい娘だもの。」

「まあ、相変わらず、よく動くお口だこと。そのお口で、スラスラと好きだとか、愛しているだとか、告白の言葉が出ればいいのにね。」

「おまえ、それは言うなって。そうじゃないから、プレイ・ボーイじゃないんじゃないか。」

「そうね、でも、女としては聞きたいものよ。愛している人からの、そういう言葉。あなた、あんまり言わないものね。」

「そう、皮肉るなって。」

「はいはい。で、何か用?」

僕はこの言葉を出された瞬間、凍りついてしまった。用なんて、何もないのである。だいたい昨日の電話の意図は何であったのだろうか。

「どうしたの、黙り込んじゃって。」

「いや、別に。」

話がつなげられない。こんな時、僕は何と言うものなのだろうか。用もなくかけたと、真実を伝えるのは照れくさい。かといって、とっさに、適当な用を作り出すこともできなかった。

「あ、あのね、き、昨日さあ、変な夢見てさあ。君がさあ、俺の友達のところに嫁に入っちゃう夢なんだよ。それで、もしかしたら、君に何かあったのかなあと思いまして、ご機嫌伺いの電話を差し上げた次第でございます。どう、何もないの、今のところは?」

「あるわけないでしょ。そんなくだらない夢に動かされるなんて。あなたの超合理主義の看板が泣くわよ。」

「そ、そうだよね。」

「そうよ、たく、私のこと信じなさい。それじゃあ、お休みなさい。また、私の夢でも見てね。」

逆に怒られてしまった。でも、何も変わりのない僕らの関係が、僕には嬉しかった。それが確認できただけでも、僕の今日の電話は有益なことだった。ソーセージを貪り食う雨助の舌を打つ音が、テンポよく聞こえる。