居候とローソン。恋愛小説「堕天使色」8

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 ローソンに着いてみると、公衆電話の近くにユキはいなかった。まわりを見回してみたが、それらしき影は一つとして見つからない。店内にいるのかと思い、店内をくまなく捜索してみた。インスタントラーメンの商品棚の後ろとか、コピー機の隣にしゃがんでいるとか。しかし、ユキはどこを探しても出てこなかった。

「すいません、十分前ぐらいに、ここの前で電話をかけていた人、どこ行ったか知りませんか?」

息が上がっていて、声にならない部分もあったが、ノーメイクの女優さんみたいな顔立ちの店員さんは機転を利かしてくれた。

「ああ、そこで電話なさっていた方ですか?うーん、確か。あ、あの方ですよね?ほら、あの信号のところ。」

店員の指先には、一匹の猫を抱えたユキがこっちに向かって歩いていた。

「どうも、ありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ、ご来店ありがとうございました。」

礼儀正しい低い声を背に、僕はローソンを飛び出した。

「おお、着いてたのか。悪い、悪い。いや、この猫がなあ、あそこの交差点の先の電信柱のところで、じっとしているから気になってな。つい、顔を見に行っちゃたんだよ。」

「いや、そうじゃなくって、ヤンキーが、どうのこうのって。」

不意に大声で笑い出したユキは、僕の胸をぐいっと押した。

「あれはフェイクだ。お前、のんびり屋さんだから、すぐ来いって言っても、出かけるのに時間かかるだろ?あのぐらいしなきゃな。」

聞いているうちに、僕の顔が引きつっていくのが、僕にはよくわかった。

「そう怒るなって。なあ、猫左右衛門。」

ユキは細い目をして、その腕の中の猫を撫で始めた。その時、初めて僕の目に猫の顔が映った。

「あ、こいつは。猫助じゃないか。」

「なんだ、知っている家の猫か?」

ユキは顔を上げて、僕を見ながら聞き返した。

「いや。こいつは、俺の家の居候みたいなものだ。」

「そうか、俺と同じ居候か。仲間だな、こいつも。」

猫にほおずりしながら、ユキはとんでもないことを口に出した。自分と同じ居候ということは、うちに住むってことか。

「おい、それ、どういうこと?」

「まあまあ、とりあえず、お前の家に行ってから、ゆっくり話そうや。なあ、お前も一緒に来いよ。おい、猫左右衛門もいいだろ。」

「ああ、それはいいけど・・・。」

爆弾発言に僕は驚き、面を喰らってしまっていた。帰り道、僕は猫を無邪気に持ち上げたり、飛行機だあーとか言いながら、東京を走り回るユキの後ろをゆっくりとついていった。道々、ユキに、そこ右とか、そこの路地を左とか指示する僕の声には、不安があぐらをかいていた。

 僕たちが家に着いた頃には、もう、夕日は姿を消していた。一階の住人たちの夕餉のニオイが階段のところに漂っている。

「へー、ここがお前の住居で、俺のアジトか。」

「はい、はい、ドアの前に立たない。あ、はい、どうぞ。」

ユキは興味津々という顔で僕の部屋に入っていった。

「おお、結構広いし、きれいじゃないですかー。ねえ、家長。」

「お前なあ、ホントにここに住む気なのか。」

冗談であることを願いながら、再度ユキに尋ねてみた。しかし、願いというものはむなしい。返事は、さも当然のことのように、ああ、であった。