俺とお前、親友だろ。恋愛小説「堕天使色」9

「何で、ここに住むんだよ。ここじゃなくったって、いいんじゃないの?」

僕はやや怒った声で詰問した。

「じゃあ、聞くけどさあ、何でここじゃいけないの?俺とお前、親友だろ。」

この質問には口を閉ざさざる負えなかった。確かに、ユキの言うとおり、僕たちは親友だから、一緒に住んでも別に変なことではない。むしろ、拒否する僕の態度の方が非難されるべきものである。けれども、僕としては、これ以上のやっかいな荷物は背負いたくなかった。ユキといることは楽しい。寂しくなることもなくなるであろう。しかしだ。今は、百合との問題もあるし、自分の進むべき進路の問題もある。このまま、ファミレスのボーイをいつまでも続けていていいのかという問題である。そういうことは、ゆっくりと一人で考えたかった。ユキがいれば、必ず、僕はユキに相談する。これまでも、たいていの悩みはユキに相談してきた。東京に行くか行かないかで、悩んでいたときも、ユキは相談に乗ってくれた。そして、東京に行くよう、僕を励ましてくれたのだ。だが、自分の働く場所、自分の戦場ぐらいは自分で探したかった。自分一人で決めたい。それゆえ、ユキがここに住むことは問題なのだ。

 二人の沈黙は続いていた。僕が答えを返さないからだ。気まずさに僕は身をさらしていた。しかし、いとも簡単にその沈黙は破られた。

「まあ、むずかしい話や、こそばゆい話は明日以降にして。今日は、俺の歓迎会ということで、パッと飲もうよ。酒は、ほらよ、お前が高校のとき、好きだったワインだ。土産だ。」

そう言いながら、笑顔でユキは緑色の肩掛けバックからロゼ・ダンジューを出した。ユキの一言で、今日は素直に飲むことに決めた。ユキの顔が笑っていたから、僕はそう決めたのだ。

 「ロゼ・ダンジューって、どこの酒なの?」

一本開けても顔色の変わらないユキは、数学の問題の解き方を聞くように、ロゼ・ダンジューについて尋ねてきた。

「お前、どこのヤツか、わかんないで、買ったのか?」

コクリと首を振るユキ。あきれて、ゴクリと流し込む僕。

「これは、フランスのロゼール地方産のワインなの。ロゼール、ロゼールやで。セザールやないよ。」

「何言ってんの、お前。超つまんなーい、チョーサイテーイ。なあ、猫左右衛門。こいつと一緒にいて、毎日こんな最低なギャグ聞いてんのかよ。かわいそうに、かわいそうに。」

「あのなあ、昼間から気になっていたんだけど。猫左右衛門っていうネーミング。それこそ、最低最悪、てめえの脳天かち割れやって感じだぜ。たっく、何が猫左右衛門だよ。これだから、お前にはブレーンが必要なんだよ。このバカ。」

「お前のその猫助だって、似たようなもんじゃないか。え!」

「猫助はあだ名だ。正式名称は、ドリアン猫助三太夫。どうだ、ファッション業界の人間なら、うーむとか言いながら、イスにもたれかかって、ひっくり返るほどいいネーミングだろ。」

「もう、どうでもいい。それよか、お前がプレーンなんて言うから、ヨーグルト食いたくなっちゃったよ。冷蔵庫、勝手に開けるぞ。あ、何にもねえや。お前、外食ばっかしてんな。母親、泣くぞー。号泣、号泣。」

「うるさいなー、人の食生活なんか心配するなよ。もう、ヨーグルトだな、今買ってきてやるよ。」

「おお、買ってきてくれるか。悪いなあ。んじゃあ、追加で、ロゼ・ダンジュー。ローソンで売ってるから。」

勝浦から買ってきたのかと思えば、僕が迎えに行くまでの時間で買ったのか。道理で、ユキをローソンの店員も覚えているはずだ。

「おいらに、おまかせー。」

気を取り直すために、僕は一声上げた。そして、黒いレザーのジャンパーを肩に引っかけ、ドアを開けた。今度は夕日の代わりに、黄色い街灯の明かりが見えた。

 「ただいまー、うー寒。すっごい寒いよ、もう、酒のせいで体の中は暖かいのに、風に当たるとすんごく冷えてくるのな。体中全部が凍りついちゃうよ。おい、聞いてんのか、人の話。何をにやにやしてんだよ。」

ユキは電話を指さした。留守番電話の入っていることを教えてくれるランプが、蛍光ピンクを発光したり、しなかったりと点滅している。

「誰かから電話あったのか。誰からだった?」

僕はこともなげに聞く。しかし、ユキはまだニヤついている。

「何だよ、その笑いは。」

僕はしつこいニヤつきのユキに腹を立てた。しかし、それと同時に、ユキが吹き出した。

「フハハハ。聞いてみればいいだろ、メッセージ。俺は、メッセージボーイじゃないいんだぞ。ねえ、猫左右衛門。お前も聞いてたよな。しっかりとな。」

「ニャア。」

何が何やら、僕にはわからなかった。むじなに化かされた猟師のような顔をして、僕はジャンパーを青の針金ハンガーに掛けながら、再生ボタンを足で押した。