web小説「KURO-N(クローン)」3

web小説「KURO-N(クローン)」3

俺は自分で説教をたれていて、自分に酔ってしまった。ジーンという感覚が体中を駆けめぐる。
「そうですか、先生。よくわかりました。僕には。」
今にも飛びかかってきそうな目つきで、神原は俺を見ていた。その目つきが怖くなった俺は振り返って、神原の視線から逃げた。
「わかったら、出てきたまえ。」
はいっと、神原は素直に返事をした。そして、神原はドアを開けて、何も言わずに部屋を出ていった。俺は胸を撫で下ろして、あのゾクッとさせる目つきが去ったことに安堵感を感じていた。しかし、不意にドアが開き、恐ろしいほどに迫力のある神原の顔が見えた。
「先生。先生のおっしゃったことはよくわかりましたから。」
神原はそう言い残して、再びドアを閉めた。何が言いたいのだか。俺にはさっぱりわからない。だが、そんなわけのわからないことをする奴の目つきにビクビクした自分がおかしくなり、鼻でフフンと笑う。
「馬鹿な子犬めが。」
あれから一週間。俺はいつもと変わらない忙しい日々を送っていた。そのおかげで、神原のことなどすっかり忘れていた。だが、不思議な手紙が来て、俺に神原を思い起こさせた。その手紙の文面とはこうだった。
「あなたは人間として最低な部類に属する人だ。それは一週間前の塾生への対応だけでもはっきりとわかる。どうかね、悔い改める気はないか。もし、あるのであれば、一週間前に追い払った塾生を呼び戻し、謝るがいい。さもなくば、最低の生活を送ることになるぞ。」
俺は直感的に神原がこれを書いたのだと気づいた。こんなキチガイじみた脅迫文なんて書いて、俺が思うままに動かせると思ったのであろうか。俺は神原のあの生真面目な顔を思い、その記憶を握りつぶすように、愚かな脅迫文を握りつぶした。そうして、俺は手紙を無視した。だが、少し気がかりだった。
それから一週間は手紙のことが頭に引っかかって仕方がなかった。本当に、何かあったら。そう思うと不安だった。秘書に相談しようかと思ったが、馬鹿にされそうで、それがシャクで相談する気にはなれない。晴れないモヤモヤが心を覆っている。解決策としては、努めて忘れようとするしかなかった。考えていても始まらない。そう、自分をごまかしては、手紙のことを忘れようと思った。
そんなある日の朝、俺はいつものように出社した。そして、いつものように、下駄箱で自分の下履きに履き替えようとした。そうして開けたロッカーにはもうすでに誰かの靴が入っていた。誰かが間違いで入れたのだろう。俺はその靴を引っぱり出して、誰のものかを見てやろうと思った。すると、不思議なことに、俺のものと寸分違わない靴だった。サイズも色も、カタチも、メーカーも一緒。思わず、俺は自分の足元を見た。自分がすでに靴を脱いで入れたのに、靴を入れたことを忘れたのかもしれないと思ったからだ。だが、そんなことはなく、きちんと俺は靴を履いていた。どういうことだろう。俺は頭を傾げたが、考えるよりも誰かに聞いた方が手っ取り早いだろう。俺は自分の靴を自分のロッカーに押し入れて、来客用のスリッパを出して履いた。そして、なぞの靴を持って職員室に入った。
「すいません、みなさん。この靴、どなたのですか。」
「何言ってるんですか、校長代理。あなたの靴でしょうが。」
事務長がイラツキながら叫んだ。朝からふざけるなという表情だ。
「いや、これは私の靴じゃない。私が来たときには、もうすでに靴箱に入っていたのだ。」
「校長代理。てことは、今いらっしゃったのですか。」
「ああ、すまんな、また遅刻してしまったよ。」
と、次の瞬間、事務長の表情は変わった。まるで、幽霊を見るような視線で、恐ろしい言葉を口走った。
「じゃあ、校長代理の部屋にいらっしゃるのは、どなたでしょうか。」
なに。俺がもう来ているって、どういうことだ。とっさにわけがわからなくなった。とにかく、これも見に行ってみるのが、一番手っ取り早くわかるだろう。俺は事務長に同行を頼んで、事務長と自分のオフィスに駆け込んだ。
「おはよう、秘書。私は中にいるかね?」
マニキュアを爪に塗りながら、顔を上げずに秘書は答える。
「ええ、中におられますが。」
俺は事務長と顔を見合わせた。どういうことだ。俺は二人いるのか。事務長は目をむき出しにして驚いていたが、落ち着きを少し取り戻したらしく、俺に中へ踏み込むことを促した。事務長の促しに助けられ、俺は気を取り直し、思い切ってドアを開けることにした。
「どうしたんだ、急に。無礼じゃないか。」
偉そうな態度でイスに座り、机の上に足を投げ出している俺がいた。いや、俺に似ているヤツがいたのだ。
「や、これはどういうことでしょうか。」
「事務長、私にもよくはわかりませんがねえ、ただ一言言えることがありますよ。こいつは私ではない。私が、あなたの隣に立っている方が、本物ですよ。」
事務長は俺の全身を舐め回すかのように見た。そして、何か決意を固めたらしく、俺の耳元に顔を近づけてきた。
「あなたが本当の校長代理だということは信じましょう。私には、あなたが本物のように感じられる。しかし、そうなると、あそこにいるあなたは、一体、何者なんですか。」
確かに、あいつの存在は何であろう。俺をコピーしたように、彫りの深い顔は瓜二つ。まるで、鏡を見ているような気分だ。
「事務長、私にもわかりません。だが・・・。あ、秘書。」
開けっ放しのドアから、秘書がひょっこりと姿を現した。
「何を騒がしくしているんですか。何?これはどうしたの?どうして、校長代理が二人いるわけ?」
今頃になって、俺が二人いることに気づいた秘書に、俺は癇癪を起こす気にもならなかった。もっとも、この状況を説明することもできない。説明のしようがない。説明しようにも、この状況を説明するのに、もってこいの言葉が見つからなかった。すると、イスに座ったままの、俺の机に脚を投げ出したヤツが語りだした。
「やつはなあ、たぶんクローン人間だ。ここにいる俺のな。」
急な展開は、俺の頭を混乱させるのに十分だった。クローン技術。少しの遺伝子から、その遺伝子の複製が行えるという技術だ。ということは、前で座っているヤツは俺のコピー品なのか?
「でも何でクローンがここにいるの?」
秘書は意外としっかりとしていて、力強い声で質問を唱えた。
「簡単な話だ。その理由はこいつに聞け。俺のクローンにな。」
そういうと、ヤツは俺を指さした。そして、同時に、事務長と秘書の視線が集まった。そう、その視線はまるでモルモットに向けられたもののようだった。
「私が本体だ。あっちが、クローンだ。それに、クローン技術なんて、イギリスやアメリカでは進んでいて成功していても、日本では成功していないはずだ。それを一介の塾講師である俺ができるわけないじゃないか。」
少なからず、あわてている声音が俺には情けなかった。
「俺がクローンだって。それはどうかな?クローンにはクローンであるという意識はない。当然のように、本人であるという意識しかない。お前も俺も、どっちもそういう意識を持っているからな。それになあ、クローン技術なんていうものは、国の力だけて研究されているわけじゃない。人間が研究しているんだ。つまり、日本人だろうと、優れた頭脳と金さえあればできるということだ。違うかね、クローン君?」
確かに、ヤツのいうとおりだ。日本だろうが、イギリスだろうが関係ない。要は人なのだから。だが、俺はここで引き下がるわけにはいかなかった。俺が本物なのだから、偽物に不当に偽物扱いされて黙っているわけにはいかない。