web小説「KURO-N(クローン)」10

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 階段を下りると、地下はさらにまぶしかった。
「やあ、先生。どうも。」
目を開くことはできなかったが、俺にはわかった。聞き覚えのある神原の声だった。
「何だ、この光は。」
「まぶしいですよね、ここの光は。これをどうぞ、サングラスです。」
俺は手にゴーグルのようなものを握らされたので、すぐにそれをつけてみた。前を見ると、神原がビニールハウスの前に立っていた。
「ここはクローンを作るために、作った研究所なんですよ。だいぶ前からクローンの研究はしていたんですが、やっと出来たんですよ。」
「だいぶ前からって、お前はたかだか20年だろ、生きてるの?」
「そうですねえ、正確に言うと、もう60年以上生きていますがね。」
俺は絶句した。こいつ、頭がおかしいのか。
「ふふ、説明が必要なようですね。僕は僕自身のクローンなんですよ。本体の肉体が朽ち果ててしまったんでね。脳の機能も落ちていますしねえ。そこで作ったんですよ、自分のクローンを。クローンというのは、便利で、記憶さえも同じレベルのまま出来る。おかげで、僕の肉体は若返り、そして、知識はそのままですよ。もっとも、不老不死というわけにはいきませんがね。遺伝子が薄くなっていくので。」
「それなら、わざわざ受験なんかしなくても。」
「そう思いますか。この日本は、なんだかんだ言っても学歴社会ですよ。ここの施設や研究を発表しようにも、60のただの老人では誰も相手にしてはくれませんよ。博士号という名誉、地位が必要なんです。あなただって、ここを見るまでは半信半疑だったはずですよ。もっとも、あなたの場合、私の歳を誤解しているという点もありますが。」
「ここを見たからといって、クローンが出来ることを信じたわけじゃないぞ。」
「はは。では何でここまで来たんですかねえ。」
「それは確かめるためだ。本当なのかどうかを。」
「では、その目で確かめてみて下さい。」
突然、神原がビニールハウスの奧にある、ノートパソコンを叩き出した。すると、ビニールハウスの地面が激しく揺れだしたのだ。まるで、大きな植物が芽を出すように、激しく、激しくそれは揺れだした。
「見て下さい。この手を!」
地面から、にょきにょきと土色の手が出てきた。しかし、それは生きている手の動きとは違っていた。まるで、植物の蔓のように、上の方に向かって延びていく。
「あと少しだな。」
そうつぶやくと、神原はポケットから時計を取り出した。
「見てて下さい。手をこうやって引っ張ると、ほら、全体もできているでしょう。後は土から完全に出すだけです。よいしょっと。」
軽いのだろうか。神原は悠々と手を持ち上げていく。そして、土の中から、大きな肉の塊を引っぱり出した。それは人だった。
「さて、息をふきかえらせないと。ちょっとばかり離れた方がいいですよ、濡れますから。」
そう言うと、神原はパソコンのキーボードを軽く打った。すると、ビニールハウスの天井についたスプリンクラーが、一気に水を放出した。土だらけの肉の塊は、当然のように顔を出し始めた。はっきりと、泥が落ち終わった後、顔はくっきりと浮かんだ。俺だった。
「どうですか。ご自分ができていく様子を見ていくのは!面白いでしょう。もう、これであと少しで動き出しますよ。」
「なんてことを。すぐにこいつをどうにかしろ。もう、わかった。」
含み笑いをした神原はただ俺を見ている。そして、何か思いついたのか、吐き捨てるように言った。
「傲慢!」
沈黙。
「傲慢ですね、やはりあなたは。まだ、そんなにも傲慢なんですか。生きているものを勝手に殺してもいいと思っていらっしゃるんですか。だとしたら、とんでもない先生だ。そんな人が教壇に立っているんですか、この時代は。ふふ。」
「勝手に作っておいて、何を言うんだ。」
「見たいと言ったのは、あなたですよ。」
また沈黙。
「まあ、いいでしょう。こんな無意味なものを作って放っておくのも、問題ですしね。」 そう言うと、またキーボードを打ち出した。
「どうぞ、これでもう平気ですよ。」
すると、突然、水の滴る裸の俺が急激に汗をかきだした。ロウソクが火で鑞をたらしていくように、タラタラと汗をかいていく。だんだんと裸の俺は小さくなり、だんだんと体の色がなくなっていく。呆然と俺は見ている。が、見たくて見ているのではない。顔をそむ向けることができないのだ。何か形容しがたい力に首を固定されているのだ。
「さてと、もうこれ以上見ていても仕方ありませんよ。後は水になるだけですから。このクローンの死は、植物が枯れていくのと同じなんですよ。植物は枯れ始めると、水分を外に全部出してしまう。このクローンは人間になった瞬間、水分が体の100パーセントを占めるんです。そこから水を抜き取れば、後は皮だけ。皮は水分の放出によって、風化されてしまうようになってしまいます。だから、後に残るのは水だけです。まあ、もっとも、出生の時も植物と同じですからね。考えてみれば、これが本当の植物人間ですね。」
「ということは、俺が殺した俺のクローンも死体がなかったのは、そのせいか。」
そうですと言わんばかりに、目線を合わせてくる神原。俺は、その目にとてつもない余裕と怖さを感じた。
「さて、では、本題に入りましょうか。もう、私は受験をあきらめました。そう、私はいいことを思いついたのです。先生のコネと金の力で、私を東昭大にいれてもらえませんか?」
「おい、俺にそんなことできるわけないじゃないか。」
「いえ、できますよ。いや、やらなきゃいけない。さもないと、どうなるかは、わかっていますね。」
神原の視線は強くなった。研ぎ澄まされたナイフのような勢いを発している。俺はその視線をかいくぐりながら考えた。俺にはできないことだった。東昭大は国立であるために、コネが通じない。金をばらまくにしても、莫大な金額が必要となってくる。そんな金、どこをはたいても出てきやしない。だが、神原の言うとおりにしなければ、永遠に自分殺しをしなくてはいけなくなる。何度となく、自分を殺すのだ。そんなことをしていれば、いつか必ず狂う。いや、考えただけでも狂う。
「さあ、頭の良くて、腕のある先生。選択の余地がないことはわかってますよねえ?」
「無理なものは無理だ。東昭大は国立だ。裏口には莫大な金がいる。今の俺にはそんな金もなければ、権力もない。これだけは無理だ。」
叫ぶように、俺は告げた。
「お金がないだなんて。銀行や塾にはたくさんあるじゃないですか。ちょっと借りれば済むことじゃないですか。お金はこれでどうにかなりましたね。」
こいつ、俺が断れないことをいいことに。
「わかった、近いうちに返答しよう。それでいいか?」
「え、すぐには答えないんですか?まあ、いいでしょう。三日待ちましょう。ちなみに、逃げても無駄ですよ。逃げた瞬間、あなたはこの世の中からは要らない存在になりますから。あなたのクローンはいくらでも作れますから。」
言い終わると、神原はわざと大きな声で笑った。無理に笑い声を張り上げている。こいつ、狂ってる。くるっと向きを変え、俺は階段を上がっていった。背中に、神原の笑い声が幾度も突き刺さる。
幾度もノックの音が聞こえる。ただのノックの音さえも、今の俺を脅かすのには十分だった。
「校長代理、帰っていらっしゃってから、ずっとそうしていますが、具合でも悪いんですか。」
ノックの主は事務長だった。
「いや。別に。機嫌が悪いだけだよ。」
「そうですか、ならいいんですけどね。」
そう言うなり、事務長は部屋を出ていった。代わりに部屋に入ってきたのは、秘書だった。
「機嫌悪いんですか、校長代理。何かあったの?」
「ああ、ちょっとな。今夜、いい?」
「うん。一緒に帰りましょ。どうせ、この間の件で、事務長にはバレてるし。」
「ああ、じゃあ、仕事終わったら、ここに来いよ。」
秘書は俺の手をギュッと握り、部屋を出ていった。しかし、一人になると、あのことが頭をいっぱいにする。神原のことが。その夜、俺は何度も秘書を抱いた。これ以上ないっていうほど。体が痛むほど。何度も抱いた。