web小説「KURO-N(クローン)」2

web小説

web小説「KURO-N(クローン)」2

「校長代理。止めて下さい、昼間は。」
「あいあい。」
手を振りながら、適当に会釈笑いをした。
ドラマが始まった。熱心にお茶を飲みながら見る。この番組に出てくる七瀬なつみのファンである俺は、この番組を毎日欠かさず見ている。この時間だけは、お昼休みを必ず入れていた。
「校長代理。」
細長い足の秘書がファイルをかかえながら、部屋に入ってきた。
「校長代理じゃなくて、次期校長ね。」
「ふざけていないで。生徒さんが、なにやら、文句があるそうで、面談したいと言ってきてらっしゃるんですが・・・。」
「え、なんだって。面談?今は休憩時間だろ?仕事は仕事、プライベートはプライベートだ。出かけているとか、なんとか言って、断っておきなさい。後で、電話するから、名前だけは聞いておけよ。」
「ハイ、次期校長。」
ウィンクをしながら、秘書は出ていった。しかし、この業界で、33で秘書のつくような待遇を受けている講師もいまい。やはり、一流講師とは良いものである。プロ中のプロだよ。俺は通販で買った安楽椅子に座り、再びドラマに没頭し始めた。だが、すぐに邪魔が入った。
「失礼します、先生。あ、いらっしゃるじゃないですか。」
急に、ひとりの青年が入り込んできたのだ。その後ろには、すいませんという様子で、頭を掻いている秘書が立っていた。
「なんだね。神原君?今から出かけるところなんだ、話があるなら、早くしてくれないか。」
俺は、ドラマを見るのを邪魔されたので頭にきた。こんな野暮ったい顔の青年よりも、早く七瀬なつみのかわいい笑顔が見たかった。
「話は・・・。なぜ、僕を落としたんですか?僕とあんなに熱心に話をしたじゃないですか?」
神原は声を高らかに上げてわめいていた。しかし、その様子は、負け犬の遠吠えでしかない。
「君は、実力テストが悪すぎる。だから、落とした。この間、熱心に話したのは、それも教育のひとつだからだよ。君は真剣だったろ?」
俺はその言葉尻に、こっちが辟易するぐらいね、という言葉をつけないでいるのに必死で堪えた。
「ハイ、真剣でした。」
「だから、俺も真剣になった。人間、真剣には、真剣でしか立ち向かえない。だから、真剣になったまでのことだ。」
俺は、決まったと思った。
「でも、先生のあの声や態度は、僕に対して、何らかの思い入れがあるんじゃないですか。」
神原は、俺の嫌いなねばりという性根で、必死に食い下がってくる。そこがさらに気に食わなくなった。
「いいかね、どんな生徒にも、私は平等に愛を注ぐ。地面が誰にでもあるように、私の愛は生徒誰にでもあるんだよ。」
俺の喉にかかった声と、鼻にかかるようなくたびれた言葉が部屋中に響く。
聞いていた秘書は、その言葉に反応して、プッと噴き出した。俺は、キッとにらみつける。あわてて、秘書は赤いじゅうたんの方に顔を向けた。
「そんな先生。じゃあ、入れて下さいよ、僕を。僕にも、平等の愛を注いで下さいよ。」
ダメだと言っても、スッポンのようにしっかりとついてくる。完全に、頭にきた。
「あのね、君。ダメだと言っているの。」
「でも、どうしても入りたいんです。先生の授業を受けたいんです。」
熱い。これまでも熱い視線だったが、それ以上に熱い。熱い視線の奧で、綺麗な目を潤ませている。そうか、そこまで言うか。さすがの俺も仏心が起きてきた。
「うーん、じゃあ、いいかね。今度のテストで、もう一度判断しよう。明日、塾に来て、受付でテスト用紙をもらいなさい。用意はしとくから。」
ピカッと、まるで誰もいない真っ暗な部屋の電灯をつけたように、神原の笑顔が俺の前に咲いた。
「先生、チャンスをありがとうございます。では、明日の試験がんばります。ありがとうございました。」
部屋を出ていた神原は、よほど嬉しかったのだろう。お辞儀にしては頭を下げ過ぎていて、まるで最敬礼だ。若さを感じた俺は、再び七瀬なつみの世界に戻ろうとした。しかし、七瀬なつみの姿はそこになく、もう次の番組が始まっていた。俺は悔しかった、そして寂しかった。だから、俺は電話の受話器を取った。
「秘書。ちょっと・・・。今夜、ご飯でも食べに行かない?」
「それは構いませんが。塾長代理。さっきの子に何ておっしゃったんですか?入るときと出てくときの様子がまるで違っていましたけど。」
「ああ、それはだね。もう一度だけ受講のチャンスを与えてやったからだよ。」
「え、それ本当ですか?まいりましたわ。もう、受講するには席がないんですけど。」
「ん。秘書さん、君昨日言ってたじゃないか。一人分の余分があるって。」
「ごめんなさい、私の数え間違いで。本当にすいません。」
少し唖然を喰らったが、秘書のせいにしてはかわいそうだ。あんなにも可愛げのある子は滅多にいない。それに私は、実際あの子をかわいがっている。俺の中で、神原と秘書という天秤が出来上がり、その天秤は秘書の方に容易に傾いた。
「いや、いいんだ。それより、君、明日も空いてるかい?」
「はい、私の次期校長様。」
ニンマリと、俺の顔がほころんだ。細い目になっているであろう自分の顔は、相当のエロ顔であろう。
次の日は午後出勤で、俺は出勤までの時間を秘書と一緒に過ごした。昼御飯を食べてから登校する。そして、俺は自分のオフィスに足を進めた。すると、中には目の赤い神原がいた。神原は私を見ると、飛びかかってきた。その時の形相は、まるで狼にとりつかれているようだった。
「先生、こんなテストできるわけないじゃないですか?数学でも、国語でもない。ましてや、受験とは何の関係もないでしょう。」
神原は俺の出した半ぺらのテスト用紙を俺の前に突きだした。
「そうかね?小論文というテスト形式ではあるよ。『努力は報われるものですか?それについて、君の考えを四字熟語で答えなさい。』こんな問題、確かに大学入試ではないかもしれないが、テストとしては一興だと思うがね。そうだ、アマンドのシュークリームでも食べるかね?」
「いりません、そんなもの。それよりも、僕、はっきりとわかりました。どうしても、僕の受講は不可能なんですね。どうしても入れさせたくない!そうなんでしょ、先生。」
小さい馬鹿犬がキャンキャン吠えている。落ち着き払って、その犬を蹴飛ばすために、私は足を大きく振りかぶった。
「わかりましたか。私は自分で受講生を選ぶんですよ。自分で売り込みに来たところで無理です。親と一緒に大金を積んでくるか、さもなきゃ、大統領でも連れて来るんですね。特に、あなたみたいな、根性や努力さえあれば何でもできると信じて止まない人間などには、私の授業は聞かせられませんよ。世の中は、金を持つか、実力を持つか。はてさて、良心を持たないか。それしか、出世の方法はないんですよ。欲しいものは努力で勝ち取るんじゃなくって、方法を選ばずに手に入れるんですよ。わかりましたか?神原君。これが、私が君にできる授業ですね。もちろん、無料です。そうだ、何なら良い塾を紹介しましょうか。あなた達のような善良な小市民の行く塾をね。」