web小説「KURO-N(クローン)」7

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警官は、はじめての俺の言葉に驚きを感じたようだ。
「どうしてだい?本当に、それが君のものなら、ちゃんと応対してくれるはずだろう?」
「これは確かに、僕のものです。盗品ではありません。だけど、ここにかけても、僕が出てくるだけですよ。」
目を丸くした警官が受話器を電話の頭に置き、僕との話に集中し始めた。
「どういうことだい?」
俺はどうしてこうなったのかを話し始めた。こんな馬鹿げた話。話しても信じてもらえず、精神病院に送られるかもしれない。だが、この人なら、親身になって聞いてくれそうだ。信じてくれるかもしれない。そんな気持ちからか、それとも、誰かに聞いてもらいたかったのか。聞いてもらって、同情してもらいたかったのかもしれない。俺は熱心に話した。少しでもわかってもらおうと、俺はこと細かく、そのいきさつを話した。
「うーん、そうか。辛かったんだろうな。うんうん。さあ、お茶でも飲んで、少し気を落ち着かせて。もうそろそろ、ラーメンも来るだろうから。」
皺だらけの手で、俺の前にお茶を差し出してくれた。老警官のしぼんだ目を見て、俺はたまらなくありがたくなった。こんなにも、馬鹿げた話を信じてくれるなんて。俺はたまらなくなって、皺だらけの手を握って、ありがとうとつぶやいた。
「うんうん。しかし、遅いなー、ラーメン屋は!ちょっと、すぐそこだから、文句言って来るよ。」
老警官はそう言うと、俺の手を振りほどいて席を立った。そして、腰に手を当てて、交番を出ていった。
十分たった。時計の針が、十一時二十分を指している。ラーメン屋の人と話し込んでいるのかな。俺は帰りの遅い老警官のことを考えながら、ボーっと席に座っていた。すると、交番の前に、一台のワゴン車が急停車した。そして、中から数人の男が飛び出してきた。どの男の視線も、俺の方に向かっている。どうしたんだ、これは?動揺した俺を強い力が車の方に引っ張っていく。抗おうにも、力が強すぎるし、相手は数人だ。俺は抵抗することをあきらめて、おとなしく車に乗り込んだ。
「ずいぶんと聞き分けがいいな。」
無精ひげを生やした男が顔を近づけながら、俺に話す。
「何の用だ。俺に?」
「あん、用?交番から依頼があってね。頭のおかしいヤツがいるから、それを連れていって欲しいって。だから、とりあえず本庁に連れていこうとしているんだよ。」
俺は愕然とした。さっきの老警官はラーメン屋に行ったわけではなかったんだ。外で、俺を連れていく相談をしに行ったんだ。俺の話をちゃんと聞いてくれたわけじゃなかったのか。そう思うと、俺は無性に腹が立ってきた。くそ、手まで握って、礼を言ったのに。あの温和な顔にだまされたのか。
とにかく、逃げよう。このまま乗っていたら、精神病院行きだ。それだけはゴメンだ。頭が別におかしいわけでもないのに、精神病院に隔離されでもしたら、本当に発狂してしまう。横に座ったヤツに頭突きを喰らわせて、そのすきに、開いたままのドアから俺は転げ出た。そして、あらん限りの速さで走った。必死だ。捕まれば、精神病院行き。あんなところ、俺は嫌だ。だから、俺は格好など気にもせずに走った。
路地裏のマンションの屋上に隠れ、俺はやっと息を入れた。でたらめに走ったものの、悪運の良さが祟って、どうにか俺はあのワゴン車を振り切ることに成功したようだ。だが、周りには、きっと非常網がひかれているはずだ。つまり、その範囲から出ることはできない。また、その非常網は時間が経つに連れて、小さくなっていくであろう。このままでは、いずれ見つかってしまう。かといって、出ていって、どうすればいいんだ。
しかし、あの老警官め、腹が立つ。くそ、アイツのせいだ。昨日よりも、状況はひどくなる一方だ。昨日ですべてを失ったはずだった。だが、今日はマイナスだ。警察にまで追われるようになってしまった。だいたい、それもこれも、あのクローンが出てきたせいだ。うーん。絶対、仕返しをしてやる。俺は空を思いっきり睨んだ。屋上から、俺の偽物が、我が物顔でふんぞり返っている塾の方に強い視線を向けた。
その瞬間、俺はあることに気づいた。そうだ、今の苦境を抜けるには、これしかない。身を隠しながら、俺は下の様子を覗き見た。周りには警官の姿が見えない。よし、今がチャンスだ。音を立てないように気を使いながら、階段を駆け下りた。そして、足早にマンションを出た。今の俺は捕まるわけにはいかない。俺は本当の意味での脱出口を見つけたのだ。その方法で、俺は今のこの状況を脱却する。そして、クローンなどを作って、俺を苦しめたヤツを必ず突き止めてやる。今の、俺は復讐で燃えていた。
どうにかこうにか、警官の目をかいくぐれた。俺は、西川崎進学ゼミナールの前に立っていた。拳を握りしめ、かつての自分の勤め先である、このビルを見上げていた。胸に気合いの弾丸を一つ込めて、威風堂々としたビルに歩みを進めた。俺は塾生が降りてくる階段を、川をさかのぼるコイのように、逆流して上っていく。塾生は、俺の姿を見て、クスクスと笑っている。
階段を上り詰めた俺は職員室の扉を開けて、事務長のところに行った。
「事務長、俺だ。京極です。」
「ああ、校長代理、どうしたんですか?さっきまでのさっぱりした姿から、そんな格好しちゃって。」
「ああ、これはなあ、さっき塾生にアイスこぼされちゃってな、着替えたんだよ。あいにく、着替えがこれしか残ってなくてね。汚された服はさっき、クリーニングに出してきたんだが、この服では、ヨレヨレで汚れているから、授業ができないだろう。代わりの服を買ってきてもらいたいんだが、すまんが、秘書にその話をしてきてくれないか。」
一息も入れずに、俺は話した。
「・・・。はい、わかりました。ご自分は何か用がおありなんでしょ。」
俺はニンマリして、それを肯定の返事とした。そして、クリーニングの札に似せた紙を事務長に手渡した。機敏な事務長はすぐに席を立ち、そそくさと秘書の元に向かった。その後を続くように、俺は職員室を出て、非常用階段のところに身を隠した。屋外なので、やや寒いが、ここは我慢のしどころだ。この寒さに耐えれば、俺は俺に戻れるんだ。そう思うと、寒さも気にかからない。
地面から吹き上げてくる寒風にさらされてから、五分の時が流れた。もう秘書も俺のオフィスの前にはいないだろう。けれど、俺は用心深く事務室に電話をかけた。
「もしもし、石川真子さん、いらっしゃいますか?」
声をやや作り、異様に低い声でしゃべる。さもないと、俺だとばれてしまう。