web小説「KURO-N(クローン)」8

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「もしもし、石川真子さん、いらっしゃいますか?」
声をやや作り、異様に低い声でしゃべる。さもないと、俺だとばれてしまう。
「・・・。」
少しの沈黙が流れた。俺の声だということがバレタのだろうか。それとも、携帯の電波が入ったり、入らなかったりするせいであろうか。
「ええと、どちら様でしょうか。」
受付嬢の声がする。どうやら、電波のせいらしい。
「あの、石川真子の父ですが。」
「あ、はい。いつも、お世話になっております。少々お待ちください。」
おもちゃのマーチの保留音が流れる。いつもながら、この曲にはイライラさせられる。
「ええと、今、出かけているみたいなんですが。」
「ああ、そうですか。帰り次第電話をくれるように伝えておいてもらえますか。」
「ええ、わかりました。では、どうも失礼させていただきます。」
「失礼します。」
電話を切り、俺は非常口から、再び校舎の中に入った。目指す場所は、俺のオフィス。偽物のいるオフィスだ。
俺は足早に、俺のオフィスに入った。そして、俺のオフィスを牛耳り、俺からすべてを奪ったヤツ。俺は笑いながら近づいた。笑いこそ、相手の警戒心を解く最高の武器であり、最高の防具だ。
「おお、どうしたんだね?本物の京極どの。よくここまで来れたね。」
「うーん、まあね。俺って、お前も一緒かもしれないけど、天才だから。」
フフッと、ヤツは笑う。俺は机に近づき、ヤツの耳をに息を吹きかける。
「やめろ!気持ち悪い。」
ヤツは席を立ち上がり、ドアの方に移動する。俺はヤツがいたイスに座る。俺の元々の席。やはり座り心地がいい。俺は引き出しを引っ張り開けた。以前、俺が誕生日プレゼントでもらったアイスピックの入っている引き出しを開けた。
「なあ、お前、俺の代わりの役なんかやっていて楽しいか?」
「楽しいかって?それは自分の胸に聞くんだな。自分がよく、その答えを知っているはずだ。」
「でもなあ、お前はクローンであるという自覚のあるクローンだ。つまり、自分の心がある。その心に逆らっているんじゃないのか?」
「ほー、面白いこと言うなあ。だが、俺は十分楽しんでるよ。秘書も可愛いし。みんな頭をぺこぺこ下げるし。わがままに振る舞えるしなあ。」
その通りだ。俺はそんないい席にいたのだ。俺は自分の腰掛けていたイスから立ち上がり、ため息混じりに一言、冴えないな、とつぶやいた。そして、右手にアイスピックの鋭くも、鈍い光を反射させながら、ヤツの胸元に突っ込んでいった。
「はは、やっぱな。いい傾向だ。」
俺に押し倒されながら、ヤツは口走った。俺は倒れた奴に、何度となくアイスピックを突き刺した。もう、これでいい。もう、二度と出てくるな。俺が本物の京極 彩だ。本物の人間なんだ。突き刺し続けた。俺のスーツに濃いシミが浮かんでくる。
気が済むと、俺は奴の体を持ち上げようとした。だが、意外と重い。そこで、ヤツの右手を持って、クローゼットまで引っ張っていった。クローゼットの中に隠すと、俺は血シミの付いたスーツを脱ぎ、ドカッと革張りのイスに腰掛けた。タバコに火をつけ、目を閉じる。後は秘書が来るのを待つだけだ。
無事に着替えを済ませ、俺はその日の講義を終えた。落ち着きがなく、雑な授業ではあったが、今日は仕方がない。俺は残業があるからと言い、秘書に先に帰るように言った。夜になるのを待ち、ヤツの死体を自分の家に運ばねばならなかったからだ。俺は人けのなくなるまで、大音量に上げたテレビを聞きながら、眠りについた。
起きてみると、午前二時だった。事務室からゴミ袋を持ってくる。ヤツを包むためだ。だが、不思議なことが起きたのだ。そう、そこにはヤツがいないのだ。不可思議なことだ。俺のいないうちに誰かが見つけだし、持っていったのだろうか。だとすれば、違う疑問が浮かんでくる。誰かが見つけたのであれば、大騒ぎになるはずだ。だが、大騒ぎになった様子は少しもなかった。となると、俺の見間違いかもしれない。俺はもう一度、クローゼットをのぞき込んだ。
しかし、ヤツの姿は影も形もない。
だが、不思議なことになっていることに気づいた。クローゼットに血が付いていないのだ。少しぐらいはあってもおかしくはない血がないのだ。血の変わりに、水だ。水がクローゼットの板べりを濡らしているだけだった。
ふいに、俺は自分が夢を見ているのではないかと疑った。しかし、俺は起きているし、寝ぼけているわけでもない。なんなんだ、これは。わけがわからない。確かに、俺はヤツをここにいれて置いたのに。なのに、ヤツはいない。それとも、ヤツは死んでいなかったのか。いや、死んでいないはずがない。あれほど、あれほど何度も刺したのだ。死なない方がおかしい。しかし、ヤツが生きていて、自分からここを抜け出す以外に、ここからヤツがいなくなる方法はない。これ以外に説明のしようがないのだ。
俺はうち震えた。何か自分が手を出してはいけないものに触れてしまったような気がしたのだ。俺は自分のイスに戻る。そこに腰掛ける。それしかできない。どうにも他に何もできなかった。その日は、そのまま、カーテンが明るくなるのを見た。
ドアが静かに開き、事務長が入ってきた。
「校長代理。テレビつけっぱなしですよ。音をもっと絞ってくれないと。」
何もない。事務長は普通の様子だ。