恋愛小説「愛はその時生きて・・・」2

恋愛小説「愛はその時生きて・・・」2

 豚マン売場の次は、アジア特有の、木製の匂いがぷんぷんする雑貨を見始めた。僕は小さな頃からこの匂いが嫌だった。歯医者の匂いと同じで、拒否反応を示してしまう。だから、早くこのコーナーを抜け出したかった。だが、木津の歩みは、ひとつひとつ手にとって見るものだから、なかなか前に進まない。僕につき合ってくれているのだから、このぐらいは大目に見なければならない。嫌な匂いに顔をしかめてばかりだと、木津が僕の様子に気づいたときに気を悪くするだろう。僕は薄く笑いを浮かべて、さも珍しいといったふうに周りを見回していた。
ピタリと、木津の動きが止まった。商品を見ながらも、木津の動きに注目していた僕にとって、木津を避けることはたやすかった。
「どうしたの?」
「これ、謙が持っていたもんだよね?」
木津が手に取っていたのは、緑のヒモがしっぽのように付いている、木製のセンスだった。それは確かに、謙がいつも持ち歩いていたものに似ていた。謙がいつも自慢していたセンス。
謙のセンスは、謙が親友からもらったものだった。謙の親友が上海旅行の時に、謙のおみやげにと買ってきた物だった。センスを見せるときいつも、謙はその親友を自慢していた。
「これ買ってきたヤツな。スンゲーかっこいいだ。頭もいいしさあ、俺なんかにはもったいない友達だよ」
「へー、そんなにすごいの?」
僕はいつも笑いながら謙に言った。
「そうよ、そうよ。なんつたって、ギター弾かせたら、日本一。自分でたくさんのコードを編み出しているぐらいなんだから」
その話を聞くと、僕は必ずと言っていいほど、そんな友達を持っている謙がうらやましくなった。同時に、謙の頬を上げて喜んでいる顔がまぶしかった。
木津のセンスを握る手に、僕は手を添えた。そして、静かに木津にそのセンスを売場に戻させた。
「・・・ねえ、さっきのところで豚マン買って、外で食べよ」
「ああ、そうしようか」
少しでも早くこの場を離れたくなったのだろう。その気持ちは僕も一緒だった。あまりにも、残酷すぎる。楽しい思い出というものは、つらい現実から振り返ると、痛々しいほどに残酷なものだ。
春一番が吹いたというのに、外は寒かった。太陽が照っていないことも、一つの原因だろう。特に、ビルの間から吹く風は、まだ白い冬の寒さを伴っていた。木津は買ったばかりの豚マンを胸に抱えて、僕を先導していく。
「ねえ、ここらでいい?」
たずねているわりには、もう木津はしっかりとベンチに腰をかけていた。そして、ゆっくりと袋を開けて、中にある豚マンをふたつ出した。僕にひとつ渡し、もう一つを自分で頬張る。木津の顎は上下に忙しそうに動いている。僕も負けずに、豚マンにかぶりついた。
「木津。でも、どうして、急に謙は死んじゃったんだろ?」
さっきのセンスで、感傷的になっていた僕は、思わず謙の死についてたずねてしまった。それは、僕ら二人の暗黙の了解できいてはならない質問で、木津と僕を結びつけている質問だった。

 謙が死んだのは、一ヶ月前のことだった。呑んでハイテンションになり、新宿の明治通りに飛び出した瞬間に、謙はその短い生涯を閉じた。黒いセダンが謙をその車輪に巻き込んだのだ。酔っていたために、血圧が高くなっていて、謙はそのために出血多量で死んだのだ。僕も木津もその場にいた。その場で、謙のこの世からいなくなる時を見ていた。木津は泣き崩れるのでもなく、悲しそうにするのでもなく、ひたすら謙の名前を叫び続けていた。僕は、謙の体から流れる赤黒い血が灰色のアスファルトを褐色に染めていくのをじっと見ていた。今でも、その光景は時々脳裏をかすめる。