恋愛小説「愛はその時生きて・・・」4

恋愛小説「愛はその時生きて・・・」4

 去年の夏休みのことだった。僕と謙、それに岬という女の子と三人でドライブしたときのことだ。当てもなく僕らは集まり、誰からとなく、熱海に行こうという話が出た。海に行きたいという岬の要望もあって、僕らは熱海に向かって車を転がした。
夏休みのために、熱海の海岸は人でごったかえしていた。日の光が当たると、肌がジュウーという音がするほどに強い。肌の色が真珠のように白い岬も、すぐに黒く焼けそうな天気だった。僕ら三人は浜辺で新聞紙を拾ってきて、お茶の葉のようにきめの細かい砂の上に敷いて、ゴロッと横になった。
「ねえ、喉乾かない? 私、喉、乾いたんだけど・・・」
岬は横になってからすぐに言い出した。何かを言われると、とまっていられない性分の謙はすぐに立ち上がった。そして、缶ジュースを買いにいった。
しかし、このときの謙の早い行動には理由があったのだ。僕はその時、この岬という子に恋をしていて、謙には二人では心細いということでついてきてもらっていたのだ。事情の飲み込めている謙は、僕らをふたりっきりにしたかったのだろう。
だが、その時の僕はそんな謙の気遣いに気づかず、いつもの女好きの性分がでたなっという程度にしか考えていなかった。謙のいなくなった後、僕は妙に緊張してしまった。無理もない。その頃の僕は女の子にまったく免疫がなかったのだ。何を話していいかわからなかった。だから、謙の行ってしまった後、僕らの雰囲気は初めてのキスシーンの後のように堅く、どこかよそよそしかった。
張り切った雰囲気がたまらなくなったせいか、僕は小便に行きたくなった。岬に一言、トイレッと言って、僕は僕らの新聞紙から離れていった。しかし、これがまずかった。
僕がトイレから帰ってくると、謙と岬との間には、車の中での和やかな雰囲気がなかった。二人ともむっつりと黙り込んでいた。
「どうしたの? 二人とも」
「いや、別になんにもないよ」
何もないと謙は言うが、何かがあったのはあからさまだった。しかし、それでも謙も岬も何があったかを言う様子はみじんもない。眉を寄せたまま、謙はオレンジジュースを飲みながら、青く大きい海を見ていた。僕にはどうしたらいいのか、さっぱりわからなかった。だが、立ちっぱなしなのは芸がない。謙と岬との間に、まるで間にはいるように座り込んだ。
「ちょっと、狭い、あんた」
岬はヒステリックに僕に文句を投げつけた。ちょっと狭い間に入ったかな。そう思ったので、ゴメンねという言葉を出そうとしたときだった。僕の言葉よりも速く、謙は岬に体を向けて、寄せていた眉をいっそう強く寄せて言い放った。
「カリカリと人に当たるな」
「何が? 別に、狭いから、狭いって言っただけじゃん」
岬の声は、凄みのある謙の声に押されていた。低く、小さい声だった。
「古西、俺、タバコ買ってくる。チョイ、散歩もついでにしてくる。俺のこと、気にするな。いいな」
謙はそう言うと、ぷいっと立って、どこかへ行ってしまった。
謙がいなくなってから、十分ぐらい、僕らは黙ったまま海を見ていた。しかし、僕にはこの沈黙が重荷だった。何があったかぐらいは聞きたかったし、それに謙が眉に皺を寄せていた理由も知りたかった。それには、この重い雰囲気をどうにかしなければならない。何かしゃべらなくちゃまずい。
「どうしたの、何かあったの? 」
再び、僕は岬にたずねた。単刀直入すぎたのだろうか。これでは、会話は前に進まない。失敗だなと思った。
しかし、岬も同じ思いだったのかもしれない。沈んだこの場の雰囲気が嫌になったのだろう。岬は、何があったかを話し出した。
「私がね、古西君がいなくなった後、海をボーっと見てたのね。そしたら、謙君が来てね、私に文句言い出したのよ。わがままやめろ、だって。別にわがまま言ってないのにさあ、まだ会ってそんなに時間経ってない人に言われるのって、すごくむかつかない? だから、『関係ないでしょ、あなたには』って言ったらさ。謙君だっけ、あの人。俺はお前のことが好きだから関係あるんだ、とか言って。私のこと、急に口説きだしたんだよ」
途中まで、僕は冷静に聞くことができた。すごく静かに。だが、最後の方はもう聞くに耐えられなくなっていた。聞きたくもないのに、岬の言葉だけが拡声器を通したようにはっきりと聞こえてくる。その分、聞こえてくるはずのまわりのざわめきはいっさい聞こえなくなり、青い波が打ち寄せる音も聞こえない。僕の頭は、僕がこれまでに感じたことがないほど混乱していた。
混乱。僕は謙を信じていた。謙は最高の親友だと思っていたし、平素はいい加減なことばかり言ってはいたが、心の底は純な人間だと思っていた。それがどうだろう? 友達が先に好きになった女を横取りするような真似をしたのだ。それも、僕がいないうちに陰険にもだ。いつもの明るく、豪放な謙はどこにいったのだろう。いつも笑って、くだらないことばかり考えている謙は。
平素の謙と岬の話した謙とのギャップに、僕は絶句せざるを得なかった。僕の思考はそこのない渦のような混乱の中に飲み込まれていたのだろう。冷静に考えることができずに、岬の言うことを鵜呑みにしていた。
「好きだって言われるのは嬉しいけどさあ、わがままやめろって、命令口調で言う人、好きじゃないんだよね。それにさあ、あの人、何か目がイヤらしいよ。いつも締まりなく笑っているし」
岬の文句は続いていた。僕は聞くには聞いているが、同調も肯定も、ましてや否定もできなかった。何がなんだかわからない。これがその時の僕だった。
しばらく、僕は岬の言葉を聞き流していた。心の中では自分を落ち着かせよう、落ち着かせようと努めていた。真っ正面の海を見ては、僕は黙ったままだった。岩のように、僕は姿勢を固め、落ち着こう、落ち着こうと必死に自分に言い聞かせていた。
とにかく、どういうつもりだったのか、謙に聞いてみよう。そうしなければ、何も始まらない。落ち着きをやや取り戻した僕は、謙を探しに行こうと立ち上がった。だが、謙を探す必要はなく、振り返ると、謙は少し後ろの方で寝そべっていた。
「謙」
「ん、なに? あ、ちょっと待て。それよりも、向こうの方を見てみろ。すごく曇ってない? ありゃあ、こっちの方に来るぜ。雨に降られる前に退散しようぜ」
謙は僕の話をごまかす気なのだろうか。それとも、本当に雨を嫌がっているのだろうか。どちらの考えだかはわからないが、謙の指さした先には、確かにイヤな感じの雲がどっしりと構えていた。そして、その雲はだんだんとこっちに向かっていた。
僕はそれでも話をしたかったが、謙は逃げるように車の方に戻っていった。仕方がないので、僕も岬もその後を追う。僕らはまだ晴れているうちに、熱海の海岸を抜け出した。重苦しい雲から逃げるように。