恋愛小説「愛はその時生きて・・・」5

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恋愛小説「愛はその時生きて・・・」5

 しかし、当然、車よりも雲の方が断然速い。東京に着く前に、簡単に雲は追いついた。 「あーあ、降り出しちゃったなあ。どうするよ、古西。せっかくのドライブだったのがなあ」
謙の声は、がっかりした声で情けない感じだった。
「そうね、なんか台無しだね」
岬は、さも誰かさんのせいだよ、と言わんばかりの顔をしてつぶやいた。そのつぶやきと同時に僕は思い出した。急な雨のせいで、謙にたずねるきっかけをなくしていたさっきのことを。
「謙、ちょっと。そこらのファミレスで止めてくれない?」
「ん。ああ、いいよ。喉も渇いたしな」
そう言うなり、謙はすぐ横の駐車場めがけて、急激に車のハンドルを右へ切った。心の準備をしていないところで、急に右へ車が動いたので、体は左に思いっきり引っ張られた。
「うぉ。ビビッタ。危ないじゃないか」
「いやね、一回やってみたかったんだよね。映画のワンシーンみたいじゃん」
言い終わるよりもはやく、謙は高笑いを始めた。
「だからって、よりによって、こんな雨の中でやることないだろう?」
「ゴメン、ゴメン」
赤ん坊のように謙は笑い続けた。こういうときは黙るしかない。僕は黙って、車が止まるのを待った。
車が止まると、岬はすぐにドアを開けて、ファミレスまで駆け込んでいった。
「あらら、はやいねー、あの子。雨、そんなに嫌いなのかなあ。俺らなんか、びしょぬれになることが嫌いなどころか、結構好きだもんな。まったく、女はわからねえや。わかったら、ノーベル賞もんだよ」
そう言うと、またもや笑い出した。
「謙、話があるんだけど、ちょっと、マジで聞いて」
「ああ、何?」
笑っていた謙の顔がぴりっと引き締まる。だが、すぐに笑い顔になる。
「あのさ、謙。俺の気持ち、知ってるよね。俺が岬のこと好きなの? なのに、何で。何で、好きだなんて、岬にコクッタの?」
しばらく、僕と謙との間に気まずい空気が流れた。それはそうだろう。まさか、こんなにも早く僕がこのことを知っているとは思わないだろう。しかも、こんなにも早く僕が謙を問いつめるとは思いも寄らなかったのだろう。もっとも、僕は相手が謙だから問いつめる気になったのだ。謙と僕との間ならば、話せばなんとなく納得がつくような気がしたからだ。
謙はピリッとした空気の中、目を曇らせた。そして、悲しそうに半開きに目を開いた。
「んん、岬チャンって、かわいいよね。俺も好きになるわ、あのタイプ。目は鶴田真由っぽくって、切れ長やし。それに、俺には彼女いないし」
「それで」
「それでな、好きって言おうかなって思ったよ。だけどねえ、古西。俺って、シャイなんだよね。知っているよね。古西」
半開きだった目がカッと開いた。そして、その目が僕の目を捉える。強く、これまでになく強く。僕はその目の強さに言葉が出ない。謙が何を言いたいのか、僕にはその瞬間にわかったのだ。
「古西。つきあい長いよな?」
「ああ」
「確かに、岬チャンって子はかわいい。性格もまあまあ、かな。気の強い女好きだし、俺。でも、俺はさあ」
僕にはわかっていた。これから先の、謙の言葉、言いたいことが。謙は、自分がいかにかわいい女の子を好きになっても、僕がその子を好きなうちはその女の子を口説くことはないと言いたいのだ。
止まることもなく、そしてどもることもなく、謙はしゃべり続けていた。だが、聞くまでもない。いや、僕には聞くことができない。できることなら、僕は過去に戻りたかった。僕が謙に岬のことを問いつめる前に。
ふいに謙が怒鳴った。
「聞いてるのか。古西」
「謙、悪かった」
「別に、お前が謝ることじゃない。平素の俺の態度が悪いせいもあるしな。だいたい、俺はお前に怒っているわけじゃないんだ。俺は自分が情けないんだ。お前に信じてもらえなかった。そんな俺が情けないんだ」
謙は大きな声で怒鳴った後、いつもよりも大きな声で笑いながら言い続けた。長いつきあいから、僕にはその笑いの意味がわかっていた。謙は感情が高まると、いつも笑った。謙自身に対する悲しい抵抗だった。感情の高まりによって、自分が壊されないようにするための最後の防波堤なのだ。
「俺は生きてる。自分のやりたいように、自分のしたいように生きている。他人に迷惑をかけようとも構わないと思ってる。それが俺のやり方だから。でも、お前は俺のひとつの部分なんだよ。俺はお前がいなくちゃダメなんだ。お前がつらく思うことは、俺もつらく思うの。他の誰かが、それを嘘だとか、偽善だとか言ってもなあ、今の俺は少なくともそう思ってる。俺を信じろとは言わない。けど、そのことを考えろ、いつも」
まだ笑っている。笑い続けている謙の目には、さっきまでの強さはもう影を潜めていた。代わりに、もの悲しくも温かい。守られているような気を起こさせる目になっていた。
僕ら三人のドライブの帰り道は本当に静かだった。謙は黙々と運転をし、僕は自分を責め続けていた。岬はそんな僕らに愛想を尽かしたように、外の雨を見続けていた。
後で岬から言われたことだが、謙が岬にコクッタのではなかった。むしろ、真実はその逆だった。岬が謙に好意を寄せていて、媚びを売ったところ、謙は無視をし続けたのだった。僕の告白の返事に、岬はそのことを教えてくれた。そして、岬は僕の告白を断った。

今思えば、告白を岬に断られたのは悲しかったが、謙との嬉しい思い出だ。謙の友情を、あんなにも肌で感じたことはない。あの時以来、僕は謙の怒った様子を見ていない。謙の怒った姿はそれ以前も一度も見たことがない。つまり、あの時が、唯一、謙との長い歴史の中で、謙の怒った姿を見た瞬間だったのだ。