未来を楽しもう!青春小説「ブレイブ ピープル」5

未来系青春小説「ブレイブ ピープル」5

「いや、大真面目だよ、こっちは。鈴木京香。京都の京に、香っていう字。それで、京香。本名だ。この名前をジョークと思うなら、お前の名前だって、ゼロ信評性だ。木下太閤、チャンチャラおかしいわ。カッかっかってな」

片手でおもちゃを扱うようにフライパンを煽りながらも、赤ジャケットは腰に片手を当てて、背を曲げていた。それは、人生にくたびれた老人のようだった。それでも、赤ジャケットの大きな笑い声は僕の不愉快を笑い飛ばしていた。

「さてよっと、できたぞ。適当な皿使うからな。よしと」

鈴木京香が持ってきた白い皿の上に載っている肉はきらきら光っていた。油で艶が出ていて、実に柔らかそうだ。適度な焦げ目も、僕の食欲を増進させる。

「さあ、食ってくれ。うまいぞ、うまいぞ、うまいぞ。必殺、うまいぞ暗示光線。なんてなあ、いい味だと思うぞ。俺の肘の肉なんだから」

僕は、生真面目に鈴木京香の肘を見てしまった。もちろん、欠けているはずはない。しかし、何の肉を使ったんだろうか。冷蔵庫に肉は入っていなかったはずだ。しかし、焼かれた肉から発せられる湯気や、その香は僕にこれらの思考のいっさいをストップさせた。艶っぽく焼かれた肉は、私を食べることに集中してねと言わんばかりに、いっそうの輝きを見せつけていた。

あっという間に、僕は肉料理を平らげた。そして、赤ジャケットがいつしか作り終え、テーブルの上に運ばれてきていたスープに口をつけた。黄色のスープはほのかに甘い。だが、僕は舌の上で味わう間もなく、喉に流し込んでいた。初めの口当たりの味しかわからなかったと言ってもいい。後味もほとんど感じない。さっぱりとしたスープだった。

「ごちそうさまでした。ものすごくおいしかったです。鈴木さんって、ものすごく料理がお上手なんですね」

「うまいよ。そりゃあ、天下屋の男だぞ。そこんとこ、わかっとけ」

僕はその言葉を聞いた瞬間、背筋がぞくっときた。天下屋といえば、日本でも屈指の料理屋だった。そこの料理人は当代一流の料理人。天下屋は、どんな料理も調理をする。うまいものならば、何でもどん欲に研究する。底の知れない研究欲で、すべてのお客を満足させる。そういう店の料理人なのだ、この男は。

「天下屋ですか。はあ・・・」

天下屋と聞いて、その料理をいっぺんに口に入れてしまったことを後悔した。ゲップとも、ため息ともとれない吐息が口から流れる。

「おい。どうした。うまかったんだろ? 急に、憂鬱な顔して」

「いえ、あのあの、天下屋の料理を味わいもせずに、パッパと片づけ仕事みたいに食べちゃって、もったいないことしたなあと思って」

「ああ、気にすんな。また作ってやるから。それに料理っていうのは、夢中に食べてもらった方が料理にとっちゃ一番うれしいんだ。きれいな、おいしいうちに食べてくださいなってな。それと、食べられる方にも命があるっていうこと忘れるな。命と命のぶつかり合い。食べる方も、食べられる方も、もちろん作る方もマジに、夢中に、熱血調になんなきゃ」

ビシッと指を指し、僕に熱く語る。その様はまさに、一流の料理人の蘊蓄だった。

「なんて、カッコつけてる、俺って、カッコイイー」

渋くあるかと思うと、矛先を転じるように自惚れ屋さんになる。まったく忙しい男だ。しかし、その忙しさは妙な親近感を僕に植え付けた。

「さてと、今日はここいらで退散しますか。悪霊が去らないと、病気も治らないだろうから」

京香はそういいながら、玄関に向かった。茶色の長いブーツを履き、赤のジャケットを肩にパサッと掛けた。そして、グッドラックなどというキザなぜりふをふりまき、僕の部屋から出ていった。京香の開けたドアからは、もう暗闇がはみ出していた。

彼のいなくなったこの部屋は、真夜中のように静かだった。もっとも、そのまま眠るわけにはいかなかった。彼がしていった料理の後かたづけが残っていたのだ。後片づけぐらいしていけよとつぶやく。

黄色いスポンジで油汚れの着いた皿をゴシゴシと力を入れて洗う。汚れの落ちていく様を見ていると、僕は久しぶりの落ち着きを覚えた。就職やら自分の夢やらと、大きなことにばかり悩ませていた頭が、平凡な日常に戻ったからだろう。洗い終えた皿があまりに神々しく光を反射するので、何ともさわやかな感じだ。体から熱が去ったせいもあるだろう。だが、それだけではなかろう。僕がこんなにもさわやかな気分でいられるのは、昼間の赤ジャケットのおかげもあるだろう。あの赤ジャケット、鈴木のぶっきらぼうさと、積極性、それに料理に対する真っ向な想いが心地よかったのだろう。僕には、目に映るものすべてがとても美しかった。排水溝の生ゴミネットに引っかかっているタマネギの皮さえ、一つの美を僕に語っているような気がしていた。僕は皿を洗い上げ、その勢いのまま、キッチンの掃除にも手を着けた。


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