web小説「六色の弾丸」1  

2017年5月17日

オンライン小説「六色の弾丸」

第1回

 琥珀色の町に、僕はただ眠気マナコでトボトボと歩みを進めている。しかも何の目的もなく、そして、何の意思もなく。ただ、茶色い革靴と、僕の青春という愚かしくも無自覚な時間をすり減らすために。やがて、闇は僕を包み込むだろう。そうすれば、僕は、この無目的な歩みを止めて、大都会の路地裏に、ある目的のために体を移らせるだろう。そう、それは遊び疲れ、喉の渇いた子供が水を欲しがるように、生理的に僕が望むものを手にするために。

 甘い香りの闇が、僕を限りなく黒く包んだ。闇の甘い誘惑を僕は避けることはできない。今の僕は闇にとけ込むべき存在だった。とけ込んで、消えてしまえばいい。それが闇でなくても構わない。海でもいい、霧でもいい。とにかく、僕というものを、僕の持つ心を隠してくれさえすればそれでいい。隠して、消してくれさえすればそれでいいのだ。たとえ、闇にとけ込んでしまっても、新聞の三面記事にさえ名前の載らない僕が、この世にいたところで何も変わらない。あってもいいけど、なくてもいいのだ。それが、僕なのだ。

 日曜日に、原宿で自分の腕のサイズよりも大きい時計をはめた警官から買ったばかりの拳銃をリュックサックに入れたまま、僕は小綺麗な地下鉄に乗って、夕日の沈みきった東大島に向かった。

 東大島にあるのは、僕の嫌いだったもの。そう、いつも僕の近くにいて、僕のことを仲間だ、仲間だと言って、べたべたとつきまとってくる山羊。つきまとっては、僕が嫌な顔をしても、少しも気にかけずに、「どうして、そんなにつらい顔をしているの?」と笑いかけてくる山羊だ。あの笑顔を見ただけでも、僕は吐き気がする。嫌で嫌でたまらない。僕は僕に害を与えるすべてを消したいのだ。あの山羊もその一頭だ。でも、消そうとすると、嫌な山羊もかわいく感じられる。自分が消えてしまうこともわからないまま、どんな風に奴は反応するんだろう。どんな風に僕に目を合わせて来るんだろう。そして、奴は消える寸前まで、僕に笑いかけてくるのだろうか。そう思うと、かわいくて仕方がない。冷たくなっていく首筋をなめて、頬ずりをしたいくらいだ。地下鉄の揺れが、こよなく僕を僕の中に引き込んでいく。

 たまらなく面白い。思わず、笑みがこぼれてしまう。誰もいない空間であったのであれば、僕は大声で笑い、おなかをよじって地下鉄の中で笑うであろう。奴が笑うようにではなく、僕らしく笑ってやる。

 地下鉄を降りたときは、もう暗かった。闇が僕を手ぐすね引いて待っていてくれた。心を躍らせながら、あの山羊が必ず通る道に行く。僕はその道の、名もなく、ただ立っている電信柱に影を潜み、あの山羊の通るのを待つのだ。待っているときの甘美感。これこそ、希望のうまさだ。初めての遠足で、前の日に次の日が来ることを待ち遠しく思った甘美感。初めてのデートで彼女が来るのを待っているときのあの甘美感。待つということは、人間の欲望と希望を膨らませて、これ以上ないほど肥大化させるものだ。しかし、現実はいつも無情だ。遠足は雨で流れて中止。初デートは彼女にすっぽかされて、心を痛める。そんなものだ。だが、今度は違う。これは神の訓辞なのだ。現実はすべて神の導いたことだ。遠足に行くなとか、彼女と会うなとかいった神の思し召しなのだ。山羊を消すことだって、そう。神がしろと言ったことなのだ。だから、必ず、山羊を消す。僕を害するすべてのものを消せと、神が命令を下されたのだ。

 そろそろ、山羊の通りかかる時間だ。黄色の絵の具で塗った弾丸を、僕は拳銃の中に一発だけ込めた。寂しがり屋な奴には、丁度いい色だ。そう思いながら、シリンダーをぐるりと回してから装弾した。このときの僕は、かっこよかった。きっと僕の哀れで、虫食われた人生の中で、一番かっこよかったはずだ。

 自己満足したままの僕は、電柱から身を道路に出した。そして、山羊の前に姿を現した。もちろん、いつもの嫌な顔などはしていない。楽しいことが待っているのだから。

「おう、近藤。どうしたの。遊びに来たのか?」

黙ったまま、こくりとクビをふる。すると、山羊は笑った。

「ええ、そうなの。嬉しいなあ、お前が遊びに来てくれるなんて。俺、お前だけがやっぱり友達だよ。お前、本当にいい奴だな。」

僕は黙ったまま、再びクビをふった。山羊は笑っている。少しも、僕の表情の変化に気づかないまま。少しも、僕の手に何が握られているのか気づかないまま。ほんの少しも、僕の指がトリンガーにかかっていることも気づかないまま。

 山羊は消えた。白い体を、胸のあたりだけを真っ赤に染めて倒れたのだ。その様を見て、僕はがっかりした。だが、この感情は僕には説明がつかなかった。なぜ、がっかりしたんだろうか。神の訓辞のはずなのに。

 しかし、僕はあることに気づいた。そう、山羊が消える瞬間に、僕の予想通りには笑わなかったからだ。きっと、そうだ。奴が、僕の希望通りに、消える瞬間に笑ってくれさえすれば、ため息が出てくるような感情を持つことなどなかったはずだ。結局は、奴のせいだ。全部、奴が悪いんだ。

 神は一つ目の弾丸を消してくれた。

 地下鉄の揺れに、僕は再び身を任せていた。心地よい揺れが、安らかな眠りを誘う。一度はその誘惑に負けた僕ではあったが、何の気もなく見上げた地下鉄の蛍光灯が心なし明るい。そのおかげで、僕は一眠りもしないですんだ。

 次はあのウサギだ。僕を翻弄し続けて、僕の気高いプライドをひとつひとつ叩き折っていったウサギを消すのだ。

 


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