web小説「六色の弾丸」3

web小説「六色の弾丸」3

 地下鉄の中吊りを見ながら考えた。人はなぜ、こうも噂好きなのだろう。しゃべりたいという欲望に動かされているからだろうか。もし、そうであるのならば、それは僕のやっていることと薄い皮一枚も変わりない。ならば、僕のやることだって、社会の評価的に正当性があるはずだ。神が僕の行動を正当化してくれているし、みんなも正当化してくれる。すなわち、僕は正しいのだ。この世で、ただ一人正しい人間なのだ。そう思い込んで、僕はなぜかドキドキする胸を撫で下ろしていた。さっきよりも、蛍光灯がまぶしいのはなぜだろう?

 新宿に降りると、人でごった返していた。この町にも、僕には消さねばならないものがある。腕力しかない、全身毛だらけのゴリラを屠らねばなるまい。コンビニで働いていたとき。ゴリラは、仕事をなかなか覚えられない僕を何度も何度も殴った。屈辱だった。殴られる覚えなど全くといってない。それなのに、何度も何度も殴られた。そして、終いには公然と人前で僕を叱りつけた。僕のプライドはぐちゃぐちゃにされた。路上にタバコを捨て、靴底で火を消すように、僕のプライドを踏みつぶしたのだ。そんな人など、人とも思わない動物など、まったく存在する価値もない。

 駅から人の流れを逆行して、僕は西新宿に足を運んだ。西新宿に、ゴリラの働くコンビニがある。今は十時半だから、ちょうど、あのゴリラが餌を供給しに行く時間だ。リンゴやバナナでいいのに、あのゴリラ、やたら肉を食うのだ。人間の食料を、自分の食べるべきものと思い込んで、勝手にあさり続けているのだ。そう思うだけで、僕は苛立ちを覚える。実に、腹立たしい。

 僕がコンビニの前に着くと、予想通り、あのゴリラは店から出てきた。寸刻も狂わないところは、まさにグットタイミングだ。やはり、神が、あのゴリラの存在を許さないのだ。急いで、肩に掛かったままのリュックサックから拳銃を取り出した。そして、迷うことなく、緑色の銃弾を拳銃に込めた。これで、来世は草食動物にでもなって、豪奢な肉食などはできまい。草食動物となり、自らの弱さを知り、怯えながらひ弱なプライドを抱いて生き続けるがいい。

 一言も話したくなかった僕は、ポケットからスラリと抜いた拳銃をゴリラの背中に向けた。そして、タバコに火をつけるくらい当たり前に発砲した。見事に、緑の弾丸はゴリラを押し倒した。それを見届けた僕は、ゴリラを踏みにじるためにその近くに急いだ。そして、思いっきり踏みつけた。僕の踏みにじられ、蹂躙されたプライドの痛みはこんなものではない。もっと痛烈だったのだ。だから、さんざん踏んづけたあとに、マッチに火を灯して、その炎揺れるマッチをゴリラの顔に落とした。ゴリラの顔は炎の揺れる明かりに照らされていた。そして、その絵は象徴的に美しかった。炎と漆黒の大気、そして焦げ付いた皮膚といった構図の複雑さ。繊細な皺によってしめされる苦悶に満ちた顔の表情。これまでに見たこともないものだった。あのゴリラから芸術が見られるなんて、全くの予想外だ。本当に、今日は予想外のことが多いものだ。

 マッチを一擦りして、口にくわえたタバコに火をつけた。そして、白い煙を口から吐き出しながら、僕は僕の喫煙可能な美術館をあとにした。

 思えば、僕には芸術的才能があるのかもしれない。黄色の弾丸を山羊には見舞ってやって、奴の寂しさを陽気な黄色で満たしてやった。人を翻弄するのが好きなあのウサギには、ウサギのお気に入りのピンクの弾丸を撃ち込んで、ピンクひとつに心を傾けるようにした。そして、今の美術館。まさに、芸術家だ。拳銃という筆を、欲望というパレットによく浸して、画材に僕の作品たちを描いていく。たまらないほどいいという自覚で、僕の目は自ずから細められていた。目を細めたまま、僕は用のなくなった新宿から立ち去った。

 孤独を癒すことのない音楽が、ヘッドホンから僕の耳を通る。しかし、この程度のことで現実にいらついているほど、僕は子供じゃない。それよりもいらつくのは、地下鉄だ。いつまで、この僕をホームに釘付けし続けるつもりなのか。もう、かれこれ三十分。辛抱できる限界だった。それでも、地下鉄はいっこうに姿を見せない。

「おい、この電車はどうなっているんだ。」

近くの駅員に、僕は食ってかかった。

「すいません、もうしばらくで来ますから。」

汗をかいた駅員は、僕の前をスタスタと通り過ぎていった。地下鉄の先頭にある光は、闇の中から一雀のカタチさえも見せない。

 地下鉄の遅刻のせいで、僕が幡ヶ谷に着けたのはもう十一時過ぎだった。これでは、あの黒鹿はバイト先にはいないじゃないか。新宿を出るときに考えついた僕の計画は、ゴキブリに絵の具を喰われた水彩画のように、滅茶苦茶になってしまった。それでも、一応、黒鹿のバイト先に行ってみることにした。ひょっとしたら、あの馬鹿真面目で要領の悪い、仕事のできない色黒の鹿の奴は、オロロと残業しているかもしれない。あいつ、トロイんだ。

 だいたい、あのくそトロイ黒鹿と、なぜこの僕が同じ給料なんだ。あいつがひとつ仕事を済ます内に、僕は二つ、三つは簡単にこなしてしまう。それに、あいつの授業は一体なんだ。ただ、答えを見ながら、答え合わせをしていくだけじゃないか。僕が大切な時間をかけて、これ以上は想像できないというまで予習をしてから授業をしているというのに、黒鹿の奴、奴のあめ玉のような十分で答えを探してきて、そんなんで授業をしている。それに授業が終わってからの、肩をならしながら歩く姿は、自分だけが疲れていることを強調している。そう、あいつは一人前の講師のつもりでいるんだ。無能な動物と有能な人間が同じ給料で良いわけがない。全く、公平じゃない。

 まあ、いい。どうせ、今日でその不均衡は変わる。有能で、使える人間だけが講師と呼ばれる資格がある。先生という名を気取って使えるんだ。あいつには、そんな資格など、タバコのフィルターほどもない。指に挟まれている茶色のフィルターを見て、道の先に放り投げた。火花が限りない闇に吸い込まれていく。

 神の訓辞は正しかった。黒鹿はちょうど二階の教室から降りてきたところだったのだ。神の訓辞が正しいことは、このことだけでもはっきりと証明されている。ということは、僕があいつを消すのも、それと同じように正しいのだ。シリンダーに込められた赤い弾丸は、すでに力んでいた。これ以上ないほどに、僕の気持ちを理解している物体だ。拳銃を構えた両手は、地面と平行の位置にあった。奴が階段の一番下に降りてきたとき、それが。

 立ちこめる白い硝煙が、僕の鼻の中にあった。そして、それは僕の鼻にかゆみを誘引し、そして黒鹿の奴には、最後の生を感じさせたに違いない。階段の下で、腹を押さえながら黒鹿は目をつぶっていた。赤い弾丸。ふつうの玉よりも、赤く、ドロッとした血を出してくれている。これで、奴の色黒も赤で染まることだろう。そうだ、血を顔にも塗ってやろう。そうすれば、奴も少しは無能さに自覚して赤面しているように見えるだろう。謙虚であれば良かったのに。だが、恥も知らないような奴には、体中真っ赤にしてやらなきゃわかるまい。僕は赤面どころか、赤体にしてやった。奴にはそれぐらいがお似合いだ。