web小説「六色の弾丸」4 END

web小説「六色の弾丸」4

 「さて、帰るか。これであと残ったのは、二発だな。」

そばにいるはずの神に、僕は笑いながら告げた。漆黒の中に隠れている神は、顔を見せもしないし、声も聞かせてくれない。それでも、僕にはわかり始めていた。あともう少し神に対面できるということを。なぜなら、動物たちの生死を決めることのできる僕は神に近づきつつあるのだから。だから、今度は意識して、僕は笑った。神に誇示したかったのだ。人間ではなく、もはや神に近い僕がここにいることを見せつけるために。

 僕の乗り込んだ電車は終電だった。まさに、このすばらしい一日を飾るのにふさわしい電車だ。人という未来のしもべたちが、多く乗っているからだ。フラミンゴのようにバランスの悪い一本足で立ち、洗濯機のように回り続けて働く人生を歩く未来のしもべたちよ。吹かれれば、善にも悪にも倒れるようなくだらなく、愚かな人間どもよ。そうした人生を送るのも、あと少しの辛抱だ。人間から神になる見本を示した僕の後を続くがいい。僕の垂らした蜘蛛の糸を、地獄の亡者たちのように上ろうとするがいい。

 電車の中で嘔吐しそうになり、思わず自分の鞄に吐いている男を見ながら、その男が蜘蛛の糸をつたってくる様子を想像していた。

 地下鉄の中が、吐露物のにおいで充満してきた。その臭いに、僕は押さえつけられない興奮を覚えた。

 明大前駅を降りると、やたら風が強かった。さっきの硝煙のせいでかゆかった鼻が、いっそうかゆくなった。かきむしって取ってしまいたい衝動に駆られた。だが、強く鼻をかくだけで、僕のかゆみは収まった。落ち着きを取り戻した僕は、残りの弾を弾倉に二ついっぺんに込めた。別に面倒くさがったわけではない。残りの二つ。どちらの色も黒。それには理由がある。神になるには過去を消さねばなるまい。そう、神には神話が必要なのだ。だが、神話を作るのには、要らないものがある。そう、それは僕を誕生させたものたちだ。自分一人で生まれ、自分一人で育った。それこそ、神の神話にはふさわしいのではないか。

 それにあいつら犬猿夫婦は、親とはとても言えない。野良犬のような父親は僕をかわいがるあまりに仕事をほっぽりだして、出世という男の野心をかなぐり捨てた。野心のない、すなわち、欲望のない人間など、食事のでない食卓と同じ。あっても意味がない。ただ、その日さえ生きていればいい。そういう野良犬など、僕にとって邪魔だ。

 猿のような母親は僕がかわいくって仕方がないという様子で、小さい頃から僕を甘やかせて育ててきた。いわゆる、過保護だ。目の届く範囲にしか僕をおいてこなかった。しかし、それは僕を信用していないことにつながるのではないか。あのいつも、何かを探るような目つき。僕にはとても耐えられない。

 それに、犬猿夫婦。互いにいがみ合い、互いに僕のことを奪い合っている。あんなことは人間のすることではない。人の親なら、いがみ合うことなく、二人で愛そうとするはずだ。それなのに、奴らときたら、僕を独占しようとしか考えていない。僕は物じゃない。そして、さらに人間でもない。もう少しで、僕は神になるのだ。そんな僕を独占などできるはずもないのに。つくづく愚かな者たちだ。

 家に帰り、靴も脱がずに自分の部屋へまっすぐ戻った。そして、洋服ダンスの下に隠してあった灯油のケースを取り出した。それをつかむと、まず、僕は自分の部屋にそれを蒔いた。そして、ダイニングに、リビングにとまんべんなく灯油をばらまいた。もちろん、奴らの寝ている寝室にも。そして、再び家の外に出た。強い風が、僕の髪を乱し続ける。だが、それは気持ちのいいことに感じられた。そして、人間としての最後の営みとして、ポケットにたたずんでいるタバコを口にくわえて、ガスライターで火をつけた。青い炎が印象的になりますように。僕は声に出して願った。そして、また笑った。人間というドアを解き明かす唯一の鍵である笑い。僕は、その鍵をもてあそんでいた。 タバコを適当に投げ捨て、神への階段の手すりに手をかけた。玄関のノブを回し、僕は奴らの眠っている部屋へと歩いた。そして、奴らの寝床のドアを静かに開けて、一緒に寝ている奴らの頭をきれいに並べた。疲れているのか、少しも起きる様子はなかった。だが、考えてみると当然のことだった。これは神の訓辞なのだ。当然だ、奴らが起きないのも。神が決めたことなのだから。

 目をつぶった。首を上げて、奴らの頭に銃口を当てているシーンを見ないようにした。鼻で思いっきり呼吸した。鼻毛がそよいだらしく、鼻がまたピクピクと疼きだした。だが、鼻をかこうとは爪の垢ほども意識しなかった。引き金から、なかなか指が動かなかった。その姿勢のまま、いくらかの時が過ぎていった。なぜか僕には、これまでの人生と同じくらい長い時間のように感じられる。

 と、急に風が強く窓にぶち当たった。驚きから、僕の指は引き金を引いていた。窓を襲った強い風は、発砲音も、そして、僕の生い立ちさえも消した。そう、とうとうあの黒い弾丸は僕の過去を黒く塗りつぶしたのだ。後は、僕の記憶の塊の家を、記録の醜態である家を吹っ飛ばすだけだ。灯油を奴らの体にもかけた。これで、家が燃えるときに奴らは灰になる。そして、僕は一人、神になるのだ。神になることを想像しながら、僕は灯油の一本の線を奴らの体から家の外まで引いた。もう一度中に入り、キッチンでガス線を開いた。シューというガス音だけが、家の中で泣いている。

 残った弾は、黒で一発だけ。この樫の木から二十メートルぐらい先にある灯油缶を吹き飛ばせば、すべては消える。すべては変わるのだ。黒く、僕の過去は塗りつぶされ、そして、神としての新しい白紙をもらえるのだ。そう、変えるのだ。今こそ、自分の手ですべてを。欲望のまま生きることが大切だってことを、下等な人間どもに教えてやるのだ。快楽の引き替えに得る何かを怖れてはいけないのだ。僕はそれからは決して逃げない。僕はすべてをつかむ神なのだ。

 バドーン・・・。

 神に。神に・・・成れ・・・た。

 麦色の雀が青々と茂った樫の木の下で空にさえずっている。そのさえずりを煙たがっている坂井警部補のところに、ぶかぶかの腕時計をはめた長谷川巡査がやってきた。

「警部補。今回のヤマはしかし、大変でしたね。移動手段には京王線と、都営新宿線しか使っていないところや、妙に銃の腕がいいところ。一瞬、プロの仕業かと思いますよね。そしたら、まさかねえ。」

「ああ。」

坂井警部補は樫の木の下に傅いて、タバコに火をつけた。そして、空を眺めて、ため息をついた。

「しかし、こいつのしたことって何なんでしょうね。親友を殺し、恋人を殺し、元上司も殺し、さらにはアルバイト先の同僚も殺した。最後には、両親を殺して、自分の家を吹っ飛ばそうとした。」

「だが、自分の拳銃が暴発した。」

「そう。でも、こいつのしていたことって、これって、自分を消そうとしていたことですよね。なぜ、そんなことをしたんでしょうね。」

「わからん。」

「わからんから、こうやってため息をつくんだ。百合と俺との子がこいつみたいにわからん奴になったらと思うと、ただゾッとするだけだ。はあ、わからん世の中だ。」

長谷川巡査は坂井警部補に手を差し出した。その手につかまって、坂井警部補は立ち上がった。そして、くわえタバコのまま、坂井警部補は顔のない死体を後にした。

 後に残った長谷川巡査はテープの貼られた近藤家の方に向かって、ため息混じりにつぶやいた。

「だめじゃん。」

巡査の空のホルスターは、風でカラカラと鳴っていた。

end