web小説「僕と智美の最後の冒険」2

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「なあに、話って?」
ミルクコーヒーをスプーンでかき回しながら、智美のぱっちりと開いた目が僕を捉えた。,
「ああ、昨日、霧から、電子メールもらったんだけどね。その中で、霧がね、智美がパリへの留学が決まったって書いてあったんだ。それって、ホント?嘘かな。」
宙に指で半円を描きながら、冗談っぽく僕は尋ねた。内容の深刻さがゆえに、僕は思いっきり軽い感じで話しかけたのだ。
「うん、ホント。渉には言ってなかったけど。私、パリに留学しようと思って。あそこで、デザイナーの勉強を始めようと思って。落ち着いて勉強できるのって、今のうち、若いうちしかないしね。」
「そうか、そうなんだ。」
「あ、ゴメン。いずれ話そうと思っていたら、言いそびれちゃって。」
「ううん、別にいいよ。」
僕は笑った。それ以上に何もできなかったからだ。智美がいなくなるという事実が固まった瞬間、僕にはとてつもなく重いものが被さってきたのだ。笑う以外の何ができようか。
「でも、渉。私たち、別れようと言うわけじゃないのよ。」
智美は俺の顔にある曇りを見たのであろう。
「ああ。でも、なかなか会えないな。」
「そうね、今ほどはね。でも、『彼と彼女の第二章』みたいに、パリでのデートは楽しめるわよ。あなた、好きでしょ?」
「そうだな。俺はビリー・クリスタルか。」
「頭、禿げないようにね。」
僕らは平和そうに笑った。まるで、いつも通り、何もないときのように。だが、僕は違った。大きな影が僕の心を支配していた。そして、きっと、智美も違ったであろう。二人とも、見せかけだけの平和を装って、いつものように笑ったのだ。

あれから一週間。僕は勉強もそしてバイトも、まったくといっていいほど身に入らなくなっていた。何をしても智美との日々を思い出しては、智美のいなくなる時間のつらさを考えていた。そして、必ず、いくつかの自問自答をした。智美に留学を止めるように言おうか。そして、プロポーズをしようか。

だが、結論はいつも一緒だった。プロポーズをしたところで、僕には智美を養っていく経済的力はない。それに、彼女のやりたいということを、自分の淋しいからというわがままだけで引き留めるのは、彼女の幸せを考えると、けっしてできない。つまりは、行かせるしかないのである。結局は、僕が淋しいという感情に耐え、智美の帰ってくるのを待てばよいのである。だが、淋しいという感情は僕を壊さないであろうか。僕は淋しさに耐えていけるであろうか。そう思うと、疑問だった。

つまり、僕は”いつも答えが出ない”という答えが出るということで、いつも同じ解答が出ていたのだ。堂々巡りをして、結局は、僕はため息をつくばかりだった。ため息をいくらついても、心が軽くなる様子はいっこうにない。

それでも、僕は毎日のようにパソコンを起動させて、送り出すかのようなメールを智美に送った。何度となく、向こうでガンバレって書いたメールを送った。

今日も、いつも通りにパソコンを起動して、メールを見ていた。霧からのメールが届いていた。

《渉くん。どうですか。元気ですか?ダメだよ、元気出さなきゃ。実は、智美から昨日電子メールあったんだ。そこにね、あなたが絶対落ち込んでるからって、だいぶ愚痴ってたわよ。智美、ずいぶん苦しんでたわよ。あなたたちって、本当に相手の気持ちが分かり合えているのね。智美はあなたの行かせたくないっていう気持ちが十分に分かっているし、あなたも智美がパリに行きたいんだっていう気持ちが分かっている。けど、二人とも、それを耐えようと必死に努力してる。なんか、本当に恋しているのね、二人は!!うらやましいような。でもね、渉くん。絶対、智美を行かしてやってね。あの子は本当に行きたいの。酷なこと言うけど、あなたを捨ててでも行きたい場所なのかもしれないの。それを分かってあげて。だから、あの子、あなたに留学の話を言い出せなかったのよ。もっとも、それを早とちって、教えてしまった私も問題だけどね。いい?元気出して、笑って、送り出してやるのよ。             霧より》

フン。僕はいろいろな意味のフンを発した。こんな意見聞かなくってもわかってるよっていう意味と、こんなこと書くヒマがよくあるねっていうあきれの意味と、そして、ありがとうという感謝の意味。複雑なフンを口から発した。

だが、僕はその瞬間、面白いことに気づいた。智美に、僕が付いていくというのはどうだろうか。今の僕はどうせ無職な人間だ。ここにいようと、向こうで勉強しようと、大差はないだろう。これは良い考えだ。

けれども、本当にいいのか、それで。付いていって、確かに淋しいという感情は収まる。だが、向こうに行けば、経済的には今よりも弱くなる。そして、終いには、智美のヒモのような状態にさえなりかねない。ヒモが嫌なのではないが、智美に、それだけの負担をかけるのが嫌なのだ。僕と智美はいつも同等な位置で生きていきたい。肩を並べて、常にすぐに助け合える位置にいたい。そんな理想が壊れてしまう。それが嫌なのだ。  一緒にパリに行くという考えも、結局は役に立たない。ヒモのない靴と一緒で、外の明るい世界に出ることができない。