web小説「僕と智美の最後の冒険」5

web小説「僕と智美の最後の冒険」5

僕は何かをつかんだような気がした。
「まあ、お互い大変のようだが、がんばろうな。どんなことになっても、お互い、自分や他人を恨むのはやめような。悪いのは、運命だ。どんな結果も仕方がないんだって、あきらめるしかないんだからな。」
先輩は、年長者の威風たっぷりに偉ぶっていた。皮肉にも、そんな先輩が自分で自分をたしなめているように見えた。ほとんど空のビールを一気に飲み干した。

先輩の話を聞いたせいか、鬱蒼とした気持ちが僕の中では晴れていった。それからの何日というもの、僕は勉強をしていても、食事をしていても、心に重さを感じたことがなかった。自分の中で、整理ができたというのは、こういうことを言うのかもしれない。僕はある意味、まとまりのつかない人間だが、この件については自己完結できたようだ。

智美が出発する前日。僕と智美は東京での遊びの締めとして、二人で遊び回った。羽田埠頭にボートを出して、釣り糸を垂らしたり、バッティングセンターで思いっきりバットを振り回したり。とにかく、遊び回った。遊び回り、所々で小便をした。その度ごとに、トイレに行っている時間の長い智美をこうして待つのも、当分の間はないと思った。それはそれで悲しいことだ。だが、いいのだ。僕には僕の可能性があり、智美には智美の可能性がある。それをどうして、僕が留めることができようか。むしろ、可能性を広げようとする、智美の努力を讃えるべきなのだから。

吉祥寺の白木屋を出て、僕らは駅に向かって歩いていた。
「さて、今日で最後だな。東京も。」
「ええ。でも、いずれは帰ってくるから。」
「そりゃあ、そうだ。帰ってこなければ、パリの住人になちゃうよ。そしたら、鼻がこーんなに高くなるぜ。」
僕は自分の鼻を伸ばす仕草をする。智美は馬鹿にしたような眼差しで、僕の手を引っ込めさせた。
「あたしがいなくても、平気みたいな顔していること?」
何を今更言っているのだろう。行くって言い出したのは、智美だろう。それを笑って、送り出せないような小さな人間じゃない。僕は静かにつぶやいた。
「本当は平気じゃないくせに。」
「何が根拠で、そんなことを言ってるんだい?マドモワーゼル。」
再び、僕はニッと顔を横に張らした。
「根拠?初めてあたしが留学するって知ったときのあなたの顔。あれは相当応えた顔だったわよ。笑いも引きつっていたし。」
それは、その頃は心に整理がついていなかったからだ。でも、今は違う。今は笑って送り出す決心が着いているのだから。
「それにねえ。今日だって、私がトイレから戻ってくる度に、あなた。すごくつまらなさそうな顔をしてた。いないと辛いんでしょ。はっきりしなよ。」
はっきりしなよって、何をはっきりして欲しいのだ?悲しんで欲しいのか。辛そうにして欲しいのか。そんなこと僕にはできない。そんなことをしたら、智美の気持ちが変わるかもしれないし、それ以上に僕が、僕の気持ちを抑えきれなくなるような気がしたからだ。
「はっきりって?そりゃあ、智美がいないと、やだよ。でも、そんなわがまま言えないっしょ?これが俺のプライドだよーん。」
おちゃらけて言うしか、僕にはそんな方法しか思いつかなかった。そうでなければ、自分の感情に負けそうだったからだ。智美を留めてしまおうとするかもしれない。はっきり言って、僕の心はここにきて動揺し始めていた。それが、痛いほど自分でもよくわかっていた。
「ほら、またそんなことでごまかす。一番、それってよくない。いつもおちゃらけて、結局、一番大事なことを話さない。自分の気持ちっていう、一番大切なものを封じ込めちゃう。そんなの自分に嘘をついているみたいで、嫌じゃないの?辛くないの?」
「じゃあ、聞くけど。全部、自分の気持ちだけで生きていいわけ?それを抑えていかなきゃいけない所って、たくさんあるよ。お前が留学する話にしてもそうだ。俺は気持ち的には留めたいよ。でもなあ、お前の夢だ。俺の一番好きなお前がしたいことだ。それを阻んでどうするんだ。気持ちのまま、行くのを止めろって言った瞬間から、俺の言葉は、お前にとっては負担になるんだよ。お前に余計な負担を持たせたくない。俺の愛は哀じゃなくって、曖だ。哀愁とかを感じさせる冷たいものじゃなくて、温かい日の光の隠ったものが、俺の愛だ。お前には寒くて辛い思いはさせたくないんだよ。ましてや、負担なんてかけたくもない。」
智美は言葉を失っていた。しかし、それは智美だけではなく、僕もそうだった。一息にしゃべり尽くした後は、僕は言葉が出なくなっていた。知らず知らずのうちに止めていた歩みを、僕らは再び始めた。どちらが先を行くということもなく、並んで歩き続けた。一歩一歩が重く感じられた。