恋愛小説「ストーカー気分は上々」END

恋愛小説「ストーカー気分は上々」END

 午前0時。手術の時間が長い。気が気ではない。あの時、俺がしっかりと手をつかんでいれば、こんなことにはならなかったのに。あの時。俺は、あの瞬間に滑った自分の手が恨めしかった。爪を噛みながら、俺は貧乏揺すりをしていることに気づいた。
京子。始めて京子を見たときから、俺の心は理性をうち破った。最初は、京子のことを一日中考えているだけだった。だが、終いには京子を見るために仕事をほっぽりだすようになった。一日中、京子を見ていたかった。寝るときも、起きているときも、京子と一緒にいたかった。恋という感情が、俺の理性を叩きつぶしてしまったのだ。
そんなにも好きだった京子を、俺はあんな目に遭わせてしまった。これからも一緒に生きていきたいのに。ずっと見ていきたいのに。
「すいません、さっき運ばれてきた患者さんの付き添いの方ですか? 」
いつの間にか、ナース帽の乱れた看護婦が俺のそばに立っていた。俺は一刻も早く京子の様態を知りたかったので、つかみかかるように俺は声を出した。
「あの、京子は大丈夫なんですか? 」
看護婦さんは眉を寄せて、不思議そうな顔をしている。早口な俺の口振りに、看護婦は俺が何をしゃべっているのかわからなかったようだ。だから、今度はゆっくりと尋ねた。
「ええ、今のところは。幸いにも、エレベーターは落っこちませんでしたからね。エレベーターごと落ちていたら、即死でしたよ。エレベーターの上で止まっていましたから、重傷で済みましたよ」
思いっきり、鼻で息を吸った。それは自分を落ち着かせるために必要なことだった。
「それで、あの患者さんのご家族に連絡してもらえますか? 血が足りないんですよ。彼女の血液型、珍しくって」
「何型ですか? 」
血液型までは、俺は知らなかった。
「AB型のRHマイナスです」
瞬間、俺は飛び上がった。看護婦さんの言葉が、今日起きた出来事の中で一番に俺を驚かした。もっとも日付が変わって、まだ間もないのだが。
「じゃあ、僕の血でもいいんですよね? 僕も同じなんですよ。是非使って下さい、お願いします」
「ええ、わかりました、ではこちらへ」
看護婦は目を開いた。看護婦は俺の勢いに驚いたのだろう。それはそうだ。血を採ることを喜んでする人間なんかいないのだから。だが、俺は違う。これで、あの恨めしい時のお詫びになる。それよりも、俺は、俺が京子の体の一部になれることが嬉しかった。大好きな人の一部になれる。それはどんなにすばらしいことだろう。こんなにも嬉しいことがあるだろうか? 俺はウキウキしながら、黒く薄汚れた腕を差し出した。

のんびりとした雲が青空に浮かんでいる。太陽の光が地面に暖かさを送っている。ポッカポカな日だ。そんな中、俺は東邦医大に向かっていた。病院の灰色の壁沿いに、俺は鼻歌を歌いながら歩く。壁が途切れたので、俺は右折をして病院の中に歩みを進める。病院の入り口で、俺を通り過ぎていく人々の浮かない顔も、開放感に満ちあふれた顔も、今の俺の笑顔にはかなわない。
京子の病室は、406号室。京子の部屋の番号と変わらない。面白い偶然だ。俺はそれを鼻で笑い飛ばしながら、病室のドアを苦もなく開けた。
「おはよー、元気? 」
オレンジ色の声を出しながら、俺は京子のところへと向かう。白いシーツにくるまった京子は笑いながら、俺を迎える。
病室の窓から見える木々の緑は若々しい。華やかではないが、鮮やかで活き活きとしている。夏が近いのかもしれない。