恋愛小説「ストーカー気分は上々」1

恋愛小説「ストーカー気分は上々」

はじめに

この作品は、1999年4月25日に作成された小説です。当時、あまり、世に公開しなかった作品の一部です。この小説作品は、私の小説作品の原点に一番近い、逆転の発想と、天邪鬼精神の塊的な、小説作品です。気持ち悪いと思われます。

作品全体的には、タイトルとマッチして、春っぽいコメディーです。読んだ後、さっぱりとした感覚が残る作品だと思います。一気に読めてしまうテンポの良さは変わらずに、暗いイメージのあるストーカーを、明るい希望を持って描きました。では、読んでみてください。

恋愛小説「ストーカー気分は上々」1

 右手に持った紺の傘がやや重い。今日の尾行はこれまでにするか。そんなに焦ることはない。明日も明後日も、時間はたっぷりある。なにせ、今日から、俺は京子のマンションの管理人様なんだから。
道路の白線の上に雨粒がのっかる程に降る雨の中、俺はゆっくりと後ろ姿を京子に向けた。むろん、京子は知らない。いや、知られてはまずい。京子。本当にいい女だ。あのほっそりとした足首。足首から太股までのストレートラインは、どこかのモデルさえも足元にも寄せ付けない。黒のズボンが締まりきったお尻をカバーし、黒いシャツがウエストを小気味よく締めている。ウエーブのかかった髪は肩まで伸びていて、漆黒の中でさえ、その茶髪を主張している。振り返れば見えるだろう顔には、重くしっとりとした唇が艶やかに咲いている。雨で重いはずの傘さえも、今別れたっばかりの京子の姿を想像するだけで軽くなる。重く黒い雨さえも、京子の後ろを歩くだけで、まったく気にならない。ああ、京子。俺の京子様。
しかし、幸福と不幸とは紙一重だ。俺のオヤジが、この世の最後に俺に教えてくれた。本当に、この言葉はこの世で唯一の事実だ。一ヶ月前には、つまらないミスで会社を首になり、プータロウになってしまった俺だった。それがどうだろう。仕事のない俺に、オジキはいい仕事を持ってきてくれたものだ。俺の最愛の女、京子の住むマンションの管理人の仕事を持ってきてくれるとは。前の会社を首になったことは、確かに不幸だ。だが、今の俺に訪れている幸せの前ではどうだろう。月夜の電灯にしか過ぎない。やはり、神は俺を見放さなかったのだ。

朝七時。目覚ましにセットした黄色い電子音が、トランクス姿の俺を起こす。俺は眠いながらも、体を無理矢理起こす。京子の出社まで、後三十分。それまでには、出かける支度を済ませなければいけない。上に着ていた黒のジャージを、まだほんのり暖かい布団に脱ぎ捨てる。布団から歩いて二歩ぐらいのドアを開けて、洗面所に急行。水を勢いよく顔にぶつけて、洗顔を終える。白い歯磨き粉をたっぷりとつけて、歯をシャコシャコと磨く。歯を磨く間にも、俺は鏡の横に張ってある京子の写真を覗き続ける。駅前のデパートから出てくるところを撮った写真だ。正面を向いている京子がきれいにとられている。ボーっと見ていると、口からよだれが垂れてきた。
たいして捨てるものの入っていないゴミ袋を担ぎながら、俺はマンションの玄関に立つ。大きく開かれた玄関は自動ドアで、誰かが来ればすぐにわかる。そこで玄関に立ち、みんなに新任の挨拶をするフリをして、京子の姿を見ようという寸法だ。今日はどんな格好だろうか?ピンクのスーツに、白のシャツ。それとも、黒のズボンを基調としたシックな服装だろうか。京子の到着が待ち遠しい。
自動ドアが左右に開く。右手にゴミ袋を持った京子だ。京子だ。今日はピンクのスーツ姿だ。うーん、春っぽい。俺は思わず見とれてしまっていた。
「あの・・・。どうしました? 」
京子は不審げに俺に声をかけてきた。それもそうだ。玄関で自分のことをじっと見ている男がいたら、誰でも不審に思うだろう。京子の低い声に俺は我を取り戻した。
「え、はい。いや、新任の挨拶をしようと思って、ここの住人の方に挨拶をしようと思いまして。それで、ここに立っていたんですよ。申し遅れましたが、あの、今日から管理人になった木村です。これからよろしくお願いします」
目の前の京子でいっぱいになっている頭を、俺は仰々しく下げた。京子の黒いヒールが見える。なんて色っぽいヒールだろう。
「あ、そうですか。四○六号室の川村と申します、どうぞよろしく」
「ええ、何か困ったことがあったら、何でも言って下さい。サルみたいな顔をしてますが、これでも少しは役に立てると思いますので」
不安げだった京子が口を抑えて笑う。さっきまでのおどおどしていた様子が、うって代わっていく。まるで、雨を押し退けた春の太陽が笑っているようだ。明るい、それでいて、なんてあたたかいんだ。これまでに見たこともない。そんな笑顔が俺に向かって、笑っているのだ。
「あ、では、これで。会社に遅れちゃいますので」
「ええ、では気をつけて行ってらっしゃい。あ、ゴミ、片づけておきますから」
「じゃあ、よろしくお願いします。それじゃあ、行ってきます」
俺は手を振り、彼女の後ろ姿を見送った。そして、ゴミ袋をゴミ捨て場に投げつけ、そそくさと玄関に戻った。とりあえず、京子が帰ってくるまでに、自分の仕事を片づけよう。京子の帰る時間を頭の中で確認し、俺は自分の仕事に入った。

太陽の真上に登りきった正午。午前中はずっと京子のことを考えて、仕事をしてきたが、始めて違うことを考え出した。腹が減ってきたのだ。とりあえず、引っ越しラーメンを食べることにした。