恋愛小説「ストーカー気分は上々」2

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恋愛小説「ストーカー気分は上々」2

 ラーメン屋に電話をしたが、なかなか来ない。まあ、長くここにいたいので、縁担ぎも兼ねて伸びたラーメンでもいい。それよりも、京子は何を昼御飯に食べるのだろうか?いつものようにお弁当を持っていっているのだろうか。それとも、どこかのお店で同僚と仲良くランチタイムをとっているのだろうか。
そんなことを考えながら、管理人室の窓から玄関を見ていると、誰かが入ってきた。白い制服を着た男だ。ラーメン屋にしては、ラーメンを持っている様子がない。
「もしもし、ここはリキシマンションですか? 」
「ええ、そうですが。」
俺はやや自信なさそうに答えた。着任一日目で、わけがわからないからだ。
「あの、前の管理人さんから頼まれていたんですが、エレベーターの様子がおかしいから見ていってくれって」
「ああ、そうなんですか。わかりました、どうぞ。こちらです」
こりゃあ、昼飯は後回しだな。そう思いながら、俺は白い制服の男をエレベーターに案内した。
「じゃあ、ここからは任して下さい。終わったら、挨拶に行きますので」
俺は、どうもと頭を下げる。ヤレヤレ、管理人もやっかいだな。俺はパンパンと肩を叩きながら、管理人室に戻った。
しばらくすると、ラーメン屋が伸びたラーメンを持ってきた。高いわりには、うまくないラーメンだった。ワカメは固いし、肉は小さい。麺につゆがしみていない。これだったら、自分で作った方が何百倍とうまいか。俺はまずいラーメンをすすり終えると、それでもいっぱいになった腹を抱えて、昼寝に入った。三食昼寝、目の保養付き。俺はこの仕事がかなり気に入っていた。

午後四時。着任一日目の仕事も終わりだ。さてと、駅まで京子を迎えに行くか。今日は帰りは遅いのかな、それとも、俺に会いに早く帰ってくるのかな。管理人室のドアに鍵をかけ、俺はカメラを片手に駅に向かう。赤い夕日に共鳴してそびえ立つマンションが、俺の後ろにある。マンションの前のアスファルトはあたたかく、踏み出す一歩一歩が嬉しい。はやくも、朝見た京子のピンクスーツが懐かしい。

午後六時。地下鉄の月島駅から京子が出てくる。いつもと同じように、五番出口から上がってくる。今日は昨日のように雨じゃないから、ゆっくりと後ろ姿を拝める。京子はマンションの方に足早に近づいていく。急いでいるというわけではない。これが京子のいつもの歩き方だ。キャリアウーマンらしいテキパキとした歩き方だ。五メートルぐらい間を開けて、俺も遅れないようにテキパキと歩き出す。もちろん、視線は一生懸命に京子の後ろ姿を捉えている。一瞬でも目を離したくないし、これ以上距離も置きたくない。そこは元探偵会社の実行部員の尾行術。一本道のこの道路ならば、見失うこともないし、目を離すこととて滅多にない。もっとも、たとえ振り返られて、俺が後ろにいることがバレても、今の俺は自分の家に帰る途中だと言えば、怪しまれることもない。今日からは安心して京子の近くにいられる。
一本道も終わりを告げ、路地に入っていく。この路地を越えれば、もううちのマンションだ。今日の尾行も終わりだな。いやー、京子を今日もたっぷり見れた。これからは毎日。その気になれば、ずっと近くにいることができる。
マンションが見えてくると、急に京子は足を止めた。まずい、バレタか。俺は歩速をゆるめて、マンションの方に進む。ここでうろたえている方が、ずっとおかしい。多少ドキドキしながらも、俺は止まっている京子の方に近づいていく。
しかし、京子は俺に気づいたわけではないらしい。マンション脇のゴミ捨て場にいる猫を見ていた。その猫は今までに見たことがないほど、体が白い。ゴミ置き場の前に一日中いたにしては、体が少しも汚れていない。深雪のように、鮮やかな白だ。京子はそんな猫の仕草を、飽きずにじっと見つめている。立ち止まってみようかと思った。猫をじっと見つめる京子の様子がたまらない。後ろから見ているだけで、ドキドキしてきて、鳥肌が立ってしまいそうだ。
だが、とりあえず京子を追い越して、俺はマンションの中に入ることにした。しかし、俺がちょうど京子の横を通り過ぎようとしたときに、京子が俺に気づいて声をかけてきた。こちらも真っ白な声で。
「ねえ、管理人さん、この猫、朝からいるのかしら」
「え。猫ですか? 朝からじゃないと思うけど」
心にやましさがあったためか、急に話しかけられたためか、俺は少々言葉遣いが変になってしまった。
「どうかしたんですか? 」
「いやね、私、うまく話せないんですけど、この猫、どこかで見たことあるなあって思って。そう、ここのマンションって、猫飼っちゃいけないんですよね? 」
確かに、動物を飼うことはこのマンションでは禁止されていた。しかし、俺はすぐに断るのはつまらないような気がした。ここで目をつぶって、動物を飼うことを許しておけば、京子との間につながりができる。これを口実に会うこともたやすくなるわけだ。
「ええ、そうですが、一日二日ぐらいバレなければ、平気じゃないですか? 僕が規則を知らなかったことにして、許可したことにすれば、バレても平気ですし」
俺はにこっと笑いかけた。
「ホントですか。いいんですか。嬉しい。管理人さん、ありがとう」
「いやいや、僕も猫大好きなんですよ。そうだ、猫の御飯買って、後で持っていきますよ。よろしいですか? 」
「いえいえ、こちらこそお願いしたいぐらいです。じゃあ、お願いします」
そう言うなり、京子は髪を掻き上げるように真っ白な猫を抱き上げた。
俺は後ろ姿の京子を目で追った後に、自分の部屋に駆け戻った。ドアをバタンと閉めて、引っ越したばかり部屋で金の入った封筒を捜すために、段ボールをひっくり返しまわる。そして、十分後。見つからないので、ボロボロの薄汚れた財布の中にあるカードで買い物をすることにした。
財布を片手に、俺はドアをバタンと閉めて駆け出していった。目指すは、マンションから徒歩五分ぐらいの所にあるセブン・イレブンだ。

午後七時。俺は風呂に入り、一日の汗を洗い流す。そして、髪をジェルでスラッと立てて、体中に猫が好むという香水をかける。そして、鏡に向かって、一笑顔。さらに歯をきれいに磨き上げ、昼間と同じ服を着る。俺が京子を意識していることをバレないようにするためだ。石鹸でよく磨いた片手には、缶詰開けと缶詰型のキャットフードをいれたビニール袋。もう一方は手ぶらで。俺はドアに鍵をかけて、エレベーターに乗り込む。
誰もいないエレベーターの中で、もう一度髪を点検しつつ、京子の部屋に行ったら、何を話そうかと考えた。やっぱり、昔、飼っていた猫の話をするべきなのか。それとも、好きな猫の種類の話をするべきだろうか。ともかく、ここは臨機応変だ。前に勤めていた港探偵社の社訓がこんなところで思い出されるとは。俺はフフッと笑う。と、同時にエレベーターは微妙な揺れをした。
四0六号室。ここが京子の部屋だ。筆書きの川村京子と書いた表札が、ドアベルの下にある。うんと一息飲み込む。そして、俺はドアベルを震えた指で押した。
「もしもし、管理人の木村ですが・・・」
「あ、はい、今開けますね。ちょっとだけ待っていて下さいね」