恋愛小説「ストーカー気分は上々」4

web小説

恋愛小説「ストーカー気分は上々」4

 エレベーター待ちをしている京子の後ろ姿。後ろ姿の京子も最高だ。リズムよく整えられたウエーブがかかった髪は、俺の目を引きつけるのに十分すぎるほど十分だった。見ているだけでも、ため息が出そうになる。
「それで、あの猫、名前を何にしようかって思ってるんですけど。聞いてますか? 」
いつの間にか、俺に話しかけていたようだ。俺は自分の世界にハマッてしまっていて、ろくすぽ話を聞いていなかったが、名前という単語から、猫の名前の話であることは容易に想像がついていた。
「あ、ええ。もちろん。そうですねえ。猫の名前は、総一郎なんていうのはどうですか。最近、北村総一郎も流行っているし、めぞん一刻みたいで面白いと思うんだけど? 」
京子がきつい視線で、俺の顔を見た。まずい、怒らせたかなあ。次の瞬間には、それが思い違いであることに気づかされた。
「はは、あの猫、牝なんですけど。でも、管理人さんって、面白い方なんですね? 北村総一郎の話が急に出てくるとは思わなかった」
京子は破顔していた。おかしくて、たまらないという様子だ。
そうこうするうちに、エレベーターが来て、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。そして、俺はごく自然に俺は四階のボタンを押した。スーと音もなく、エレベーターのドアが閉まる。
「川村さんは猫になんていう名前を付けようと思ってるんですか? 」
「私は、みのりっていう名前にしようかなって。みのりって、ミーチャンて呼べるから、かわいいと思わない? ドラエモンの恋人の名前がミーチャンっていうのよね。ドラエモン見ていて、いつもかわいい名前だなーって思うの」
ドラエモン。24にもなって臆面もなく、ドラエモンを見ているということを広言できる心。俺はそんな京子の子供みたいなところも好きだった。
「どらえ・・」
エレベーターは激しく揺れだした。ガタガタン。俺は思わずよろけてしまった。もちろん、京子もだ。俺も京子も壁に手をかけて、体の揺れを止めるので必死だった。
「何これ? どうしたの? 」
こっちが聞きたいぐらいだ。こんなにエレベーターが揺れるなんて、始めての経験だった。しかし、すぐにエレベーターは震えることを止めた。その代わりに、上がることも止めてしまった。止まってしまったのだ。
「止まりましたねえ」
俺はわざと落ち着いた声を出した。自分を落ち着かせるためもあったが、それ以上に京子を落ち着かせるためだ。
「仕方ないなあ、ここを押せばいいんですよね、確か。管理事務室につながっているはずですから」
「何を言ってるの? あなたがここにいたら、管理事務室には誰もいないでしょ? 」
「それもそうですねえ。でも、ここの電話はエレベーター会社につながっているはずですよ、確か」
そう言いながら、俺はボタンの並んでいるパネルの一番上にある受話器を取った。しかし、ツーという通話音が聞こえない。おかしい。フックを何度も押してみるが、いっこうに通話音が聞こえる様子がない。
「閉じ込め・・・」
と、今度は電気が消えた。そして、赤い非常灯がついた。後ろを振り返り、京子の顔を見ると、赤い照明に照らされた京子の顔には、動揺と恐怖の色がありありと映っていた。不味いな、俺は直感した。

なんでこんなことになったんだろう。管理人さんと一緒に、こんな狭いエレベーターの中で閉じこめられてしまった。どうすればいいのか、私には少しも思い浮かばない。このまま、落っこちたらどうしよう。落っこちるのではないかという不安と、狭い場所に閉じこめられたことへの恐怖。私はこわかったのだ。
「どうしよう? 」
「うーん、どうしようと言われても。誰かに気づいてもらうしかないですよ、これは。とりあえず、足音が聞こえたら叫びましょう。それに、急に直ることだってあると思いますよ」
本当に、助かるのかしら。管理人さんは頼りないし。私はどうにかここを抜け出す方法を考えようと、必死になった。頭の中をひっくり返して、私は考えてみた。
このエレベーターの中は少し寒い。密室とはいえ、風が入ってくるからだろう。私は赤い照明の中、少し震えていた。いつもの白い壁が赤く見える。非常灯の赤い光は、本当に危険だよっと告げ続けている。赤。それがどんなに嫌な照明であるかを、私は始めて知った。
「ねえ、川村さん。何かお話でもしましょうか」
管理人さんは、気を紛らわすために話しかけてきたようだ。
「私はここの管理人をする前は、探偵事務所にいたんですよ。子供の頃に刑事ドラマを見ていて、すごく憧れてね。刑事に本当は成りたかったんだけど、勉強をしなかったから。それに収入の少ない仕事って就きたくなかったんですよ。それで探偵社に入ったんですよ」
「そうなんですか・・・」
無駄なおしゃべりなんてしてないで、ここを出る方法を考えて欲しい。私は何もできない管理人さんに少々むかついていた。そして、そんな世間話につき合って、相づちを打っている私が恨めしかった。
「でね、探偵社に入ったのはよかったんですけどね。最初のころは仕事が面白くってたまらなかったんですけどね、だんだん飽きてきちゃって。尾行とかって、最初はドキドキものなんですけど、慣れてくると別に面白くもなんともないんですよ。だいたい、自分の興味のない人を見続けるっていうのは、本当につまらないことですよ」
「はあ・・・。そうなんですか」
一刻も早くここを抜け出したい。それなのに、なんで私は管理人さんの身の上話なんか聞いていなくちゃいけないんだろう?
「で、そんな気分で仕事していたら、ヘマをしてしまって。それで探偵を辞めて、この仕事に就いたんですよ。川村さんは、どんな仕事しているんですか? 」
「私は普通のOLですよ」
「ワープロ打ったり、企画書の清書したりしているんですか? 」
「ええ。ここを出る方法、何かないでしょうか? 」
「うーん、外との連絡を取るしかないですよねえ。そうだ。携帯電話、持っていませんか? 」
私はクビを横に振る。管理人さんは、そうですかっと一言つぶやいただけだった。途端に、無言の世界が広がった。管理人さんが黙ってしまうと、ほとんど何の音も聞こえない。沈黙。私は救われないような気がしてきた。おそらく、管理人さんはこの沈黙を怖れてしゃべっていたのだ。今度は、私がその沈黙を破らないと。そうしないと、なんだか永遠にこのままのような気がする。