恋愛小説「ストーカー気分は上々」6

恋愛小説「ストーカー気分は上々」6

 エレベーターが急に傾いたのだ。悲鳴を上げたまま京子は、俺の方に抱きついてきた。俺は懸命に受け止めようとするが、受け止めようとする俺も後ろの方に引っ張られていく。ドカッという音とともに、後ろに引っ張られることはなくなった。背中をしたたかに打ったようだ。
「だいじょうぶ? 」
京子が俺の顔をのぞき込んできた。京子の心配そうな顔も美しい。俺はつい微笑んでしまった。
「ありがとう。でも、これは早くここを出なくちゃ。多分、ワイヤーが一本切れたのか、とれたのかしたんだと思うよ」
「じゃあ、落ちちゃうの、このエレベーター」
肯くわけにはいかなかった。京子を守らなければならない。エレベーターの落ちる前に、どうにか京子だけでも、ここから出さなければ。俺はまわりに注意深く目をやった。ここから抜ける場所はないか。俺はくっついたままの京子をしっかりと抱き寄せながら、赤く照らされている部屋の中を探し続ける。
壁は固い。とても破れそうにない。鉄の扉をを開けるのも、とても俺の力じゃ無理だろう。どうにも仕方がないのか。肩から京子の震えが伝わってくる。京子の震えを通して、俺は京子の恐怖を感じている。そして、俺はその恐怖の源を絶たなければいけないのに、どうしてやればいいのかもわからない。ああ、俺はどうすればいいんだ。俺は天を仰いだ。
しかし、答えは天にあったのだ。天井のパネルを外せばよいのだ。「ダイ・ハード」のワンシーンで見たことがある。天井のパネルを外して、外にあるパイプに捕まり、外へと脱出していくシーンを。
「川村さん、脱出方法、わかったよ」
震えが止まる。そして、俺の肩にすがったままだった京子が顔を上げた。その瞬間は、ゆっくりだったような気がする。ゆっくり、ゆっくりと顔を上げたような気がする。
「ここだよ」
俺は天井を指さして、自分の頭の中にある考えを京子に伝えた。
「行くしかないと思うよ」
不安そうな顔をしている京子を勇気づけるために、俺は大きな声を出した。京子はそれでも不安そうな顔をしている。京子を安心させるために、俺に残された手段は行動しかなかった。京子を守るために。京子が好きな俺を守るために。俺自身も、このエレベーターの中で下手に動くことはこわかった。いつ下に落っこちても不思議ではないからだ。だが、動くしかない。気まぐれじゃなく、今、本当に俺を頼ってくれている大事な人を大切にするために行動するしかなかった。例え、それが危険でも。
立ち上がっても、俺の背では天井には届きそうもない。しかし、天井のパネルを外して出るしかないのだ。俺は股を大きく広げ、エレベーターの壁に足をかけた。エレベーターに極力揺れを起こさないように、俺は壁に掛けた足を慎重に、上へ上へとと掛け直していった。
天井のパネルに手が届いたときには、俺は汗ビッショリだった。汗を拭い、天井のパネルを外す作業にはいる。パネルが外れそうなところを手探りで探す。足の踏ん張る力がだんだん無くなってきているのがわかる。足が今にも吊りそうだった。だが、ここで足を外しては、エレベーターにかなりの振動を発生させることになるだろう。それは下手をすれば、死につながる。それゆえ、足がしびれようと、足をおろすわけにはいかない。踏ん張り続けるしかない。
と、俺の尻に支える力が加わった。京子が俺を支えてくれているのだ。俺はニコッと笑いかけた。さっきまでの不安そうな顔はどこに行ったのか。京子も笑い返してくれた。俺のために笑ってくれたのだ。再び、俺は外れそうなパネルを探す。すると、隅っこの一枚のパネルが持ち上がりそうなことに気づいた。片手を伸ばして、俺はそのパネルを突いてみた。パネルはボコッという音を発して、簡単に外れた。俺は外れたところから手を出して、エレベーターの上へと這い出た。
上に出ると、まわりは鉄パイプだらけの暗闇だった。それでも、少しまわりを見渡していると、闇に目が慣れてきた。それでようやくわかったのだが、エレベーターを吊っているはずのワイヤーが一本切れかかっていた。早く京子を引き上げないと不味い。
「京子、俺の手につかまって上がってこい」

天井のパネルから手が差し出された。その手につかまって、私は一刻も早くここを出たかった。手にすがりつき、私は上へと登ろうとした。なかなか這い上がれなかったのだが、なんとかエレベーターの上に出ることが出来た。しかし、赤い照明の世界から一転して、そこは暗くて何も見えないところだった。私はそばにいるはずの管理人さんを捜した。しかし、手のつながれている方を見ても、管理人さんの顔を見ることはできなかった。
「管理人さん、これからどうするの」
「少し上のパイプに捕まって、すぐ横にある扉のところに行くんだ。ここにいたら、いつこれが落ちるかわからない」
高いのだろう。風が底から吹き上げてくる。
「私、こわい」
大丈夫だと言わんばかりに、手を握る力が強まる。私もその手を強く握り返した。ゆっくりと手は離れた。管理人さんは立ち上がり、エレベーターを離れようとし始めた。目が慣れ始めたようで、私にも管理人さんの動きがわかるようになってきている。少し上にあるパイプに捕まり、私の方に手を差し出してきた。私はその手をつかみ、管理人さんの横へ移った。
「さあ、こっちだ、今度は」
そういうと、管理人さんはスラスラと登っていく。そして、時折こちらを向いて、手を差し出してくれた。私はその手につかまって、少しづつ少しづつ登っていく。
何分間か登ると、手が疲れ始めていた。握力が無くなってきていることに気づいてはいたが、登らなければいけない。登ることが生きることだったから。登ることが恐怖から逃れるためのすべての方法だったからだ。私は生きたかったのだ。
「さあ、あと少しだ。疲れたか? 」
「ううん、平気。大丈夫だよ」
私は管理人さんの声を聞くと安心した。心から生きている心地がしていた。
時折足が滑る。その度に全身に鳥肌が立つ。思わず見てしまう下には、さっきまでいたあのエレベーターがある。赤い照明がかすかに洩れ、あそこだけが明るい。まるで、こっちに来るように誘いかけているかのように赤々と光っている。