片思い小説「遠い昔の甘さ」1

過去最高に暗い演出+わずかな光というイメージで、この小説は書いてみました。根底にあるのは、厭世観とも、堕落感とも違うもので、もっと原始的な雰囲気の暗さを出してみたかったのです。読んでもらった方々からは、読みやすさと、テンポのよさ、そして、共感する、などと評価をいただきました。あらすじとしては、片思いにハマッタ男の恋愛感と意中の人との距離感を描いたものです。作品の中でも、主人公の動き、感覚から、「ハマッタ」感じがわかるところがいくつもあります。

片思い小説「遠い昔の甘さ」1

   木製のこたつ。こたつの上に乗っているものは、使い古したガスコンロ。その上には、ちょこんと腰をかけたままの色あせた土鍋。ガスコンロの隣には、どこにでも売っていそうな茶碗が伏せて置かれている。濃く塗られたお椀も伏せたままだ。こたつの端にある箸がひと揃え、僕の虚ろな視線にさらされている。

 土鍋の中にはよく温められた、白くふくよかなハンペンが所狭しと並んでいる。どれも、おでんのつゆの中でぐつぐつと煮られている。おでんの汁を吸い込むだけ吸い込んで、うまそうに輝いていた。その照りを見る人全員が、口の中を唾液で一杯にすることだろう。

 だが、僕は箸をつけようとは思わない。箸をつけて、このハンペンの光景を崩したら、僕の感傷は失われる。虚ろな目もできなくなる。そう、この鍋には僕の想い出も一緒に入っているのだ。もし、少しでも箸をつけたら、音を立てて崩れてしまいそうだからだ。湯気の中に見えるうすらボケした想い出。べつに、そんなに面白いわけでも、おかしいわけでもない。ただ、僕を感傷的にさせる。一人でいて、自分と向き合うことを余儀なくさせるような感傷。

 

 あの日は年末だというのに、わりとあたたかく、トレーナー一枚でも十分に暮らせるような日だった。だから、僕は迷わず黒のトレーナー一枚で、買い物に出かけた。夕飯に作るおでんの材料を買いに行ったのだ。

 年末の商店街はおもちゃ箱をひっくり返したように、滅茶苦茶で華やかだった。ミカンを売る太った八百屋、年末大売り出し用のくじ引きに並ぶ主婦の群、そして、主婦の会話に嫌々つき合わされる子供たち。商店街には、色々な顔が並んでいた。

 おでんのタネを買うために総菜屋さんに入ると、そこにはビニール袋を下げた由美がいた。由美は真剣にウィンドウの中の総菜を見ていた。入ってきた客の一人である僕にはまったく気づいている様子がない。

 後ろから声をかけようと思って、そろりそろりと近づく。いっこうに、由美の目は総菜の虜のままだった。あまりにも真剣に総菜を選んでいる由美を見ていると、いつもの由美とは違った感じがした。何というか、いつもの子供っぽさがまったく見えない。そう、まるでどこかの若妻なのだ。働き疲れて帰ってくる旦那様においしい食事を作って迎えようとする若妻のように、愛に満ちた感じがする。そう思っていると、僕は由美に声をかけるのが惜しいような気がして、声をかけることができなかった。後ろから総菜を眺めるようなフリで、虚ろな目で由美を見つめていた。

 けれど、由美が一歩後ろに足を踏み込んだおかげで、僕は由美のブーツにサンダル履きの足を踏まれた。

「イタ」

思わず、僕は声を上げてしまった。由美も何かを踏んだと感じたらしく、後ろを振り返った。そして、振り向きざまに、よそよそしく僕に謝ってきた。

「どうもすいません」

「痛いやろー、ちゃんと周りを見ながら歩きなさいって」

僕は思わず怒鳴ってしまう。その声に、由美は気づいた。謝った相手が、足を踏みつけた相手が僕であるということに。

「あ、木田じゃない? どうしたの、こんなところで」

足を踏んだことなど、すっかり忘れてしまっているような顔で、由美はシャアシャアとしゃべりだした。アッケラカンとしていて、大げさに謝ることなどなかったと言わんばかりの表情だった。

恋愛小説「愛はその時生きて」もぜひ読んでください